季節風~日々の思いを風に乗せて

喜寿になったのを機に新しいブログを始めました。日々の思いをつぶやきます。

俳句を「読む」子ども(1)

2021-09-17 10:00:49 | 俳句
  夏休みの30日間、8歳の孫が拙宅で過ごし、日記を書き俳句を読み続けました。パパママのもとに戻り、2学期が始まりました。彼女の通う学校ではリモートではなく通常の授業が行われています。
帰宅してすぐに宿題を終わらせ、二人の妹とも遊び、一人で2階の部屋に入ってからスマホで私を呼び、二人でラインを通して俳句を作り始めます。
 この日は自分の俳句を作り終えた後に、最近私が俳句の添削をしていることを知り「私もやってみたい」と言い出しました。以下は彼女とのLINEでのやり取りです。

〇こどもらと はとも水あび 午後の町
 孫 こどもらと はとも水あび ここはいいと思う。季語は水あび?
 私 そうだね。
 孫 ほう。
 私 でも、だれもに見えているけしきを詠んでもつまらないね。
 孫 (グーの絵文字) 
   それに、午後の町の様子が分からないよ。どこで水を浴びているのか               も。
 私 その通り。さすがです。
 孫 間違ってなくてよかった。ほかには? あっ、もう寝る時間、
   (おやすみなさいのスタンプ)

 新学期が始まり、コロナ禍の中での生活で何かとストレスもかかるでしょう。就寝前のひとときが好きな俳句を考えたり「鑑賞」したりする、ホッとする時間であってくれたらいいのですが。

句評が嬉しい

2021-08-19 12:03:34 | 俳句
 3か月に一度、東京・上野で句会をしていました。
大学時代に詩を書いていた仲間が三人、それぞれが俳句を詠んでいると分かり、句会を開くことにしました。今は閉店してしまった天神下の居酒屋「三四郎」に集い、句を語り合いうまい酒を飲み、最終の特急で帰宅したものでした。10年ほど前に、ひとりが急逝し、その後合流した仲間と三人で場所を「上野・藪蕎麦」に移し句会を続けてきました。
 新型コロナウィルスの流行が続く今はやむなく休会しています。たまに私の句や歌が「朝日俳壇」や「歌壇」に載ると、すぐにお祝いのメールが届きます。今回の「いととんぼおのがかるさをもてあます」にも、以下のような評が送られてきました。

入選おめでとうございます。
この度の入選句は、名句ですね。句境の一段の深まりを感じます。当日の「俳句時評」(角谷雅子)の中で、秋櫻子の主題性俳句と虚子の客観写生についての論評がありました。風生に、記憶に間違いがなければ、「いととんぼ飛ぶより止まること多き」というがありましたが、この句はまさに客観写生であり、貴兄の句は、これに対し主題性の俳句と拝察します。わたしは、主題性俳句であろうと、客観写生の俳句であろうと、いいものはいい、と考えています。この度の貴兄の俳句は、風生に勝るとも劣らない出来栄えであったと信じます。この句が到達した境地から、新たな展望が広がっていくことが楽しみです。

 誉めすぎとわかっていても嬉しいものです。昨年末ごろから俳句も短歌も「主観性を捨てて客観性へ」と詠み方を変えてきましたが、それでもまだ飽き足らないものを感じていました。
今回の入選句が主題性の句なのか客観写生の句なのか・・・。
 俳句を始めてたかだか10年、「分かることは分からなくなること」「分かるとは分かり続けること」という自らのモットーのもとに、「写生」を大切にした「主題性」のある句や歌を詠んでいきたいと思います。友の嬉しい評が背中を押してくれました。

初めての同時入選~「朝日俳壇」8月8日

2021-08-11 09:06:23 | 俳句
  小学校に入学し孫が俳句を作りたいと言って以来、いつか「朝日俳壇」に同時入選したいと思っていました。孫とは離れて暮らしていますが、時折ラインで俳句の相談をしてきます。彼女の感性の鋭さの為でしょうか、彼女にしか詠めない俳句を作るようになってきました。時折「朝日俳壇」にも採っていただくようにもなりました。
  願っていた同時入選、それは意外に早くやってきました。令和3年8月8日でした。

ゆっくりと見たり聞いたりカタツムリ

 この句が高山れおな選第一席になり「かとうさん。カタツムリの動きではなく見たり聞いたりに着目したところが斬新。味わいも深い。」との大変嬉しい評もいただきました。それだけでなくこの句には☆マークつまり共選作として長谷川櫂選の十句目にも採っていただき「『ゆっくりと』大きくなってほしい」との、これまた嬉しい評をいただきました。
その長谷川櫂選に拙句も入りました。

山ひとつ海に流して梅雨明ける

 同じ日に、孫が俳壇に私が歌壇に入選したことはありますが、二人の俳句が同時に俳壇に載ったのは初めてのことでした。折からの夏休み、拙宅で入選を知った彼女は、さっそくパパとママに
LINEを送り喜びを共有していました。
 これから何度同時入選ができるかどうかわかりません。多方面に興味を示す彼女が俳句を続けるかどうかも分かりません。でも、たとえ短い時間であっても、二人で俳句を語り合う時間を大切にしたいと思う「じっちゃん」です。

俳号

2021-08-01 08:45:29 | 俳句
 テレビの人気番組「プレバト」の影響もあるのでしょうか。
 俳句に興味を持つ人が増えているようです。俳句を鑑賞するだけでなく、自分で詠みたいと思う人も増えています。実際私たちの句会にも、最近3名の方が入会しました。
お二人の女性は連句の会にも入っているので、すでに俳号はお持ちでした。お一人は「菖蒲」さん。女性は俳号として花の名をつける方が多いようです。「百合」とか「ダリア」とか「桔梗」とか。「菖蒲」さんも、お好きな花を俳号にしたのかと思っていたらそれだけの理由ではありませんでした。以前、連句の会に入るときに、ご主人に句を詠む不安をお話したら次のように言われたそうです。「そんなこと考えてもしょうがない、開き直って、出たとこ勝負でいいんじゃないの」と。「菖蒲」の「しょうぶ」は「出たとこ勝負」の「菖蒲」なんだそうです。
もうお一人は「美茄子さん」。本名が「美香子」なのでそれをもじって「美茄子」かと思っていました。「それでもいいのですが」と彼女は恥ずかしそう、いや堂々と付け加えました。「美茄子~みかこ、美しいなす、美・茄子、つまりビーナスでございます。」これにも一同笑いと拍手。
菖蒲さんも美茄子さんも、すぐに会に溶け込んでいきました。たかが俳号、されど俳号。

ほたる考~真砂女の蛍

2021-06-28 14:35:59 | 俳句
      夕蛍真砂女の恋の行方かな  角川春樹

 「恋の行方」に「夕蛍」の斡旋は、蛍のとぶ軌跡をイメージさせて素敵です。ところでなぜ「真砂女」なのでしょうか。以前貴船神社で見た和泉式部の歌碑には 
     物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る
と刻まれていました。(この歌は強い恋の情念を歌ったものだと後で知りました。)「恋の行方」は真砂女でなくてもいいのではないか。激しい恋情を蛍に託して詠んだ歌はたくさんあるのではないか。そう思って探してみました。なぜか女性に優れた蛍の句が多いようです。
  ほうたるや闇が手首を掴みたり  藤田直子
  ゆるやかに着てひとと逢ふほたるの夜  桂信子
  水恋し胸に蛍を飼ひたれば  三井葉子
  蛍火に男の唇の照らさるる  折井眞琴
  じゃんけんに負けて蛍に生まれたの  池田澄子
  特に真砂女に蛍の句が多いことにも気付きました。
  死なふかと囁かれしは蛍の夜  
     蛍火や女の道をふみはづし  
  蛍の水と恋の涙は甘しとか   
  恋を得て蛍は草に沈みけり
 瀬戸内寂聴著の『いよよ華やぐ』には真砂女の恋多き人生が書かれています。こうしてみてくると角川春樹の詠んだ 夕蛍真砂女の恋の行方かな は、やはり真砂女でなければならないように思えてきました。
  手術台へ俎上の鯉として涼し
   真砂女の句には、嫋嫋という形容はふさわしくなく、小料理屋の女将をしていただけに、竹を割ったようなさっぱりとした潔さがあるようです。
 98歳で他界した真砂女、今年も蛍となって愛しい人のもとに飛んで行くのでしょうか。