人はその成長過程で、さまざまなものから影響を受けます。出会った人であったり本であったり出来事であったりします。
私は卒論の対象に選んだ作家・大江健三郎から多くの生き方を学びました。もちろんその当時は、彼がノーベル文学賞を受けることなど予想だにしていませんでした。彼が私より7つほど年上、発表した長編も『個人的な体験』が最も新しいもので作品も少なく、まして彼についての卒論などまだなく、多くの資料に当たらないで自分の考えが展開できると言う安易さから選んだ作家でした。とはいえ、何か惹かれるものがあってのめりこんだ作家には違いありません。
私が大江健三郎からもっとも強く受けた影響-それは彼の作品名にもなっている『見る前に跳べ』という言葉の重さです。この題名は詩人・オーデンのフレーズ「LOOK IF YOU LIKE BUT YOU’LL HAVE TO LEAP」(見ていたければ見ていなさい、でも、あなたは跳ばなくてはなりません)によるものです。当時ともすれば目の前の高くもない壁に立ちすくみがちの私にとってこの言葉は衝撃的でした。それ以来、私はことに臨むときには「見る前に跳ぶこと」をモットーにしてきました。「考える前に実行する」―怖かったけれど、失敗もし友だちを失っとこともあるけれど、予想外の素晴らしい結果もたくさん得ることができました。
実はこの考えは、日本にも古くからあったと気づきました。世阿弥の言葉「してみて よきにつくべし」―これもまた、能楽から敷衍して、まず行動することの大切さを述べていると考えられます。
改革とは小さな変化の積み重ねであるのでしょう。新しい変化は、従来の考えにとらわれず、高い壁の前で逃げず、思い切って行動を起こすことによってしか生れません。何かが変わることは不安で、抵抗が伴います。自分の考えが変わらなくても、これまでの方法が変わらなくても、毎日は「大過なく」過ぎていくからです。
まもなく齢80。今の「考え方」をここで留めるわけにはいきません。「共に生きる道徳授業の在り方」、その目標・内容・方法は10年かかって一応のまとまりを付けました。しかし、まだ現実の多くの授業を通しての検証をしていません。それはなかなか難しいのですけれど、教育誌などに発表されている実践例を使っても私の「仮説」は検証できるはずです。実践と理論の相互作用を通して、より理論を確かなものにしなければなりません。そのための「壁」に躊躇している時間は私にはないのです。
と、ここまで書いてそんな理論を確かめるよりももっと大切な課題があることに気が付きました。そちらの「壁」の方が高そうですが、まずは「跳んで」みます。