以下はある教育相談員の思いです。
「入学式に出席せずその後も登校していない中2の生徒がいます。外出もほとんどしていません。ゲームに熱中していて、将来はこの道で頑張っていくと話しています。ゲームの友達はいるようです。しかし、全て仮想の世界での出来事です。何か、彼が変わるきっかけはあるのだろうかと考えてしまいます。」
この文面からは、相談員がこの中2の生徒を何とか登校という現実の世界に戻したいという切なる思いと、そのきっかけが見つからないもどかしさが滲んできます。相談員の経験がある私にもこの思いには共感できます。
でも、この子はこのままでいいという視点・考え方はないのでしょうか。
いじめられ行きたし行けぬ春の雨 と詠んだ小林凜君は、壮絶ないじめにあって登校できず、俳句を詠むことに生きる目的を見出しました。登校したいと願っている子に対しては、その願いを障害している要素を排除する方向でサポートができます。(その「障害」の中で私が難しい問題と思うのは「学校に行く目的が分からない」と感じている子のサポートと、いわゆるヤングケアラーとして家族を世話せざるを得ない子どもたちへの対応です。)
行けないのではなく、行かないー自らの意思で不登校を選択している子どももいます。
書道家・武田双雲さんの息子さんの智生さんは、次のように語っています。
「SDGsの活動を通して多くの人と関わっていくにつれ、毎日決まった時間に通学し、皆と同じ決まったカリキュラムで勉強をしていくことに疑問を抱くようになっていった。学外の生徒との交流や校内の規模を超えたイベントの企画など、外からの刺激が多くなって、自分のやりたいことにもっと時間をかけたいと思うようになりました。」「家で勉強をするようになって、自分の学びたいことをセレクトして勉強を進めていく方が、ダイレクトに学びにつながって効率的だと感じたんです」 (https://kidsna.com/magazine)
この智生さんの思いを後押ししたのはご両親の理解であったことは予想できます。子どもの思いに正対し、子どもの思いを大切にしようという深い理解があって子どもが自立できるのだと思います。この「共感的理解」の大切さは以下の報告書にも記されています。
「不登校とは、多様な要因・背景により、結果として不登校状態になっているということであり、その行為を「問題行動」と判断してはいけない。不登校の児童生徒が悪いという根強い偏見を払拭し、「行きたくても行けない」現状に苦しむ児童生徒とその家族に対して、「なぜ行けなくなったのか」といった原因や「どうしたら行けるか」といった方法のみを論ずるだけではなく、学校・家庭・社会が不登校児童生徒に寄り添い共感的理解と受容の姿勢を持つことが、児童生徒の自己肯定感を高めるためにも重要である。不登校児童生徒にとっても、支援してくれる周りの大人との信頼関係を構築していく過程が社会性や人間性の伸長につながり、結果として、社会的自立につながることが期待される。」 (平成28年7月 「不登校に関する調査研究協力者会議
不登校児童生徒への支援に関する 最終報告」)
「行きたくない」子どもたちへの視点が欠けているのは残念ですが、自己肯定感を高める対応は同じはずです。「学校・家庭・社会が不登校児童生徒に寄り添い共感的理解と受容の姿勢を持つ」-私の研究テーマ「共に生きる」のキーワードでもあります。
このような観点からはみて、最初に書いた不登校の生徒に対して相談員の姿勢にはどのようなものが考えられるでしょう。この生徒は「この道で頑張っていく」と言っているのですから相談員も共に「この道」を歩んではどうでしょうか。
そのためにはこのゲームがどんなもので、ユーチューバー初め、将来どのような職業につながるのか、キャリアコンサルタントの視点も必要になるでしょう。公立図書館や学校図書館にあるゲームに関する本を紹介するのもいいかもしれません。(なければ図書館司書に買ってもらう)。何よりも一緒にゲームをしてみてはどうでしょうか。まずは人間関係を築くことが大切なのでしょう。ゲームの内容が仮想なのであって、これで生きていくというのは現実です。子どもは現実の中にいます。その現実がうまくいくようにサポートするのが相談員の役目かと考えますがいかがでしょうか。
台湾のオードリー・タン氏(デジタル担当政務委員<閣僚>)は、病気やいじめなどが原因で転校をくり返し、14歳で学校を離れました。その後、ウェブでの学習の方が学校よりも10年ほど進んでいることに気づきます。中学を退学し、独学で学びたいことを校長先生に相談します。校長先生には様々な葛藤があったようですが退学を承認してくれました。そのタン氏が、高校や大学に行く意味を否定していないことを前提に、次のように書いています。
「すべては学習を行う本人次第です。もし自分の子どもに興味があること、あるいは解決してみたい問題があるかどうかを尋ね、子どもが熱心に「ある」と答えれば、オンラインを利用した学習方法を使えますし、まだ見つかっていないということであれば、別の学習方法を用いればいいでしょう。」
『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』
武田智生さんやオードリー・タン氏は特殊例なのでしょうか。まずは、義務教育や高等学校の学びを終えてからでなければ、子どもたちは自分の内部に芽生えた疑問や興味に向き合ってはいけないのでしょうか。
小学校2年生の孫が「中学校を卒業したら舞子になる」といっています。
京都弁を話す舞妓さんのラインスタンプをプレゼントしました。毎日のように「おきばりやす」のスタンプが届きます。