平成で最悪となる15人の犠牲者を出した国道18号(碓氷バイパス)での軽井沢バス事故。事故のあった1月15日の夜、記者は実態を確かめようと、東京都内の別の旅行会社が主催する「格安スキーツアー」の深夜バスに乗り込んだ。
午後11時に都内を出発し、事故を起こしたバスと同じ長野・斑尾(まだらお)高原へと向かう。事故車のツアーを企画した「キースツアー」(東京都渋谷区)のプランは1泊3日、夕食バイキング付きで1万2千円台からと激安が売り。このツアーも日帰り往復・リフト券付きで1万2千円台となかなかの安さだ。
乗客の9割は20歳前後で、カップルや男女のグループなど。こんな時でも車内はにぎやかで、「自撮り棒」での記念撮影にはしゃぐ女性2人組の姿も。大学のキャンパスに迷い込んだようだ。事故の犠牲者14人中12人が大学生だったことを考えると胸が痛む。
事故車ではベルト着用を促す指示がなかったという乗客の証言があるが、このバスは出発直後、運転手が「シートベルトの着用をお願いします」とアナウンスした。が、周囲を見渡しても誰も着用していない。20代の女性2人組に尋ねると、
「深夜バスは安くてコスパがいいんで毎年スノボで利用してますが、ベルトの着用指示は必ずありますね。けど、ぶっちゃけ着けてないです。寝づらいし」
午後11時半に消灯となると、車内は私語が消え静かに。事故車は予定ルートにない下道の国道18号を通ったことが大きな“謎”となっている。記者の乗るバスは関越自動車道を経て藤岡インターチェンジ(IC)でいったん、一般道に降りた後、松井田妙義ICで再び上信越自動車道へ入った。運転手に聞くと「行程表はちゃんとありますよ」と、あいまいな返事。サービスエリアでのトイレ休憩中に別のバスの運転手に尋ねると、こう語った。「下道を使ったのは時間調整でしょ。運転手の間じゃよくあるよ。時間が余ってサービスエリアで停車してると、トイレとかで皆降り出しちゃって収拾がつかなくなる。面倒だからゆっくり下道で調整するんだ。好みは人それぞれで、ゆっくり走ると眠くなるから、バーッと走って長く止まって、という人もいるけどね」
細かいルートは運転手個人の裁量で選んでいるのが現場の実態のようだ。
事故があった深夜2時ごろ。車内は寝静まり、寝息が聞こえる。事故車は反対車線のガードレールを飛び出し、天井側から地面に落ちたとみられている。犠牲者の多くは頭蓋内損傷など、頭や首に強い衝撃を受けた痕跡があった。シートベルトも着けず、睡眠中で受け身もとれない中での惨事……背筋が寒くなる。
次の休憩所で話しかけた別のバスの30代半ばの運転手は、こう証言した。
「下道は間違えて降りたか、高速に乗りそびれたのでは。2年前の大雪で車300台が足止めになった一件から、碓氷バイパスは危ないので運行ルートにするなって、うちの会社ではお達しがあった。事故は居眠りが原因じゃないか。あの辺は通過時間的にも眠くなるし、俺も今、眠いっすもん」
昼間きちんと睡眠がとれているのか聞くと、いらついた様子でこう答えた。
「普通眠れないでしょ。普段は日中運行で働いて、急に『明日深夜ね』って言われても眠れないっすよ。バス運転手は年配の人が多くて、俺なんか圧倒的に若いから『深夜行って』って頼まれて、今日も寝てない。給料? 良いわけないじゃん。今すぐ辞めたいよ」
そうはき捨てると、吸い殻を地面に捨て、バスに戻っていった。 3時、バスは小諸ICから一般道へ。「凍結注意」「急カーブ・スリップ注意」といった看板が目立つようになる。2人の運転手のうち60代の先輩が、経験の浅そうな50代半ばの後輩に「路面ツルツルだから気を付けて」「室内灯つけて。上のボタン」と指導しながら進む。と思うと、先輩が「あ、間違えた」と道を引き返す場面もあった。
亡くなった事故車の運転手2人のうち、ハンドルを握っていたとみられる土屋広運転手(65)は昨年12月に契約社員になったばかり。大型バスの運転に不慣れで、4回目の運転だったという。もう一人の勝原恵造運転手(57)との間で、同じようなやりとりが交わされていたのだろうか。
翌朝6時過ぎ、赤信号で減速せず進もうとする後輩を、先輩が「ストップ! ストップ!」と慌てて制止。バスは停止線を大きく越えて止まった。休憩所ごとに交代してきたとはいえ、長時間の運転に、集中力が切れたのか。ヒヤッとしたが、乗客は皆寝ていて気づかなかった。
6時半になるとようやく空が白み始め、6時50分、無事に斑尾高原ホテル着。辺りは一面の銀世界で、雪がちらついていた。
「会社からは、ああいう事故があったから、より気を付けて運転してほしいと言われました。だから慎重に運転しましたよ」
と後輩運転手は言うが、格安ツアーがはらむ潜在的な危険を目の当たりにした約8時間の旅だった。
※週刊朝日 2016年1月29日号より抜粋
すべての格安ツアーがダメだとは思いませんけど、少なくとも深夜バスを利用するならば、路線バスを営業しているような大手のバス会社を利用したいと思いましたよ。