7月で70歳になった。
仕事はまだ続けているのだが、夕方になるときゅうに力が抜けてしまう。ゼンマイの切れたおもちゃのようだ。
だから、暗くなると寝て、夜明けとともに起きる。酒はグラスに一杯、コーヒーは飲まない。そんな毎日だ。
この間、車を運転していたら、小さい頃のことを思い出した。
5歳ぐらいのときに住んでた家のこと、広い庭があった。庭には松があり、なんだかわからない木が何本かあり、裏にはイチジクが生えていた。そのイチジクには毎年たくさんの実がなっていた。もっとも、僕は食べ飽きていてあまり食べなかった。
そんな庭の真ん中には、しゅろの木がはえていて、僕の目にも唐突のように見えた。
「なんで、こんなのがここにあるの」と、兄貴に聞いたことがあった。その木はすごく高かった。五、六メートルはあったと思う。むろん、そんなことは兄貴にもわかるはずはなかった。父や大家さんが植えたのか、種が飛んできて自然に生えたのかわからない。そういえばそのころにはしゅろの木はあちこちだ見かけた。流行っていたのかもしれない。
葉っぱでハエたたきをつくったり、うちわを作ったりしたが、とても使えるようなものはできずにただ遊んでいただけだった。
なんだかその一本で、我が家が少しだけ南の国のような気がした。