1月2日(日)
峰峰に朝日は昇るよく眠る
世間ではお正月なれどアタシにとってはカレンダーがかわるだけだ。届けられた年賀状が世間とのつながりを暖めてくれる。元旦二日と連勤。道路が空いていて走りやすい。
ビールを飲んでワインを飲んでいつの間にやら眠ったようだった。横になったとたんドアチャイム。お正月からどんな訪問かいな。まさかして大人になったハルカがやって来たわけでもあるまいほっておく。起き上がれない。もうちょっと早ければ起きていたのに。ま、いっか。とあとで差し込まれていた紙片を見れば宅配便だったようだ。よほど大きなものですか。持ち帰られてしまった。ま、いっか。それにしても宅配便はお正月休みがないのですねえ。夜勤の帰りの道路もがんがん車が連なっていた。皆さん働き過ぎだよ。
孫からおめでとうメールが入る。お年玉送ったからねと返事のメールを打つ。
アタシの子ども時代もお正月は楽しかった。何となくお金が入った。びっくりするような金額ではなかったが。周りの大人たちは飲み代を削ってお年玉を捻出していたのだろう。いろいろありがとうございました。みんな鬼籍に入ってもうた。大晦日に掛けて小銭入れのきんちゃくが失せていた。忽然と消えたのだ。母の遺品で手のひらほどの大きさの巾着だった。小銭入れに丁度良く大銭も入れてあったような気もする。カード類は入れてなかった。カードもあちこちに入れると混乱する。どう探してもない。スーパーで買い物をしたときに落としたのか忘れたのか。そんたらこともアルマイト。大きいのだ落とせばその場で分かる。いくら耳が遠くとも。
とうとうあきらめかけた今朝、窓際に置いてある図書館用リュックが立てかけてあった。あらら、こんなところにもリュックが。と中を覗いたらありました。母の遺品の小銭入れ。新年早々財布を拾ったようで小躍りする。欣喜雀躍でんな。沢山の小銭と千円札が三枚入れてあった。アタシのお年玉だ。物事はいい方へ解釈することにしている。初詣を昔住んでいた町内の神社へ立ち寄るつもりがうっかり帰って来てしまった。ま、いっか。明日という日があるじゃないか。この神社では町内での厄落としも受けたのだった。ひよこも買うた。夜勤明け明日立ち寄ろう。
白菜クツクツ鍋で夕食を摂る。