如意樹の木陰

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『上弦の月を喰べる獅子』 ・ 『イノセンス』

2007-08-15 13:59:25 | Weblog
『上弦の月を喰べる獅子』を読み終えました。不思議な小説でしたね。
この小説に出てくるいろいろなテーマ、DNA・進化・生命・意識・仏教・輪廻・らせん・・・これらはどれも私にはなじみのあるものばかりで、さてその先はどうなるのかと、実は期待していたのですが・・・どうもまだその先に進む事ができずに、またふりだしに戻ってしまったような感じです。
しかし、らせんの上での運動というのは実はそういうものなのです。遠くに行ったように思っても気がつくとほとんど元の位置に戻っている。ではまったく元のままかというと、少しではあっても必ず位置は変わっている。
それにしても、この小説でも前提になっていると思われる「上昇志向」のようなものは何なのでしょうか。
この疑問については、このプログの8月3日のスエデンボルグの霊界についての話題のところで似たような話をしました。
実のところ、この小説には目新しいところはないのかもしれません。なぜなら、この小説は過去の歴史の話だからです。この小説の最終行から現在に至るまでに、すでに二千数百年が経過していることになる。

それから、進化。
われわれ人類は、進化の最先端にいるように思いがちですが、本当にそうなのでしょうか。
あるいは、もしかしてすでに進化の袋小路に足を踏み込んでいるのではないかと、そう思うこともある。本筋の進化はもっと別のところで、ひっそりと目立たないようにゆっくりだが着実に進んでいるかもしれない。もしそうならそれはそれでもよいと思う。
それに、進化という名の変化を上昇志向と混同している節があるが、そうでもないことは少し考えてみればわかる。
また、たとえばわれわれよりもはるかに高度な文明を持ちはるかに洗練された高い知性を持った生物がどこかに存在したとしても、われわれ人類がその生物に尊敬や愛情や憧れを感じるかどうかはわからない。

話は変わります。
先日BS2で押井守特集としてアニメーション映画を3本放送していた。
そのうちの一本「イノセンス」を見た。この映画は2004年の日本SF大賞を受賞している。ちなみに小説『上弦の月を喰べる獅子』は1989年の日本SF大賞を受賞している。
この映画の内容はよくわからない。圧倒的な映像と音響。全体を通じて映像の質感が非常に高い。映画館で見たらもう一度見たいと思うだろう。
そしてさまざまな名文句の引用。これは、脳が外部記憶装置に自由にアクセスする事ができるということを表現しているのだろうか。
映像に暗いさがある。明るく輝く未来を描いたのでは、ストーリーにはならないということか。
これも『上弦の月を喰べる獅子』と同じようにエンターテインメントですから、問いかけてくるものはあっても、その答えまでは用意してくれていないようです。
『上弦の月を喰べる獅子』のせりふを引用すれば「お前が問うて、答えを得られないとき、それは、問いが正しくないからである。正しい答えが欲しければ、正しく問うことである。それは正しい問いの中には、すでに答えが含まれているからである。」。そして、答えは自分で見つけなければ意味がないのでしょうね。自分で答えを見つけることによってのみ、一歩前にすすめるのでしょうから。

それにしても、気温が高いです。玄関の温度計でももう37度を越えてます。外の気温は38度を超えているでしょう。これがつまりフェーン現象の影響。フェーン現象といっても風はほとんど吹いてません。部屋のエアコンもあまり効かなくなりつつありますし、猫さんもそうとう参っているようです。

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