如意樹の木陰

古い記事ではサイババのことが多いです。
2024年に再開しました。

「密教とは何か(松長有慶)」より

2024-09-04 19:27:06 | Weblog



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 「密教とは何か(松長有慶)」より

 -(前略)-
 弘法大師は『弁顕密二教論』のなかで、秘密の意味を二つに分けておられます。受け取る側の能力に応じて公開する秘密を如来の秘密といい、受け取る側の宗教体験のあるかないかによって理解できるか、できないかがきまる秘密を、衆生の自秘と名づけられています。密教の秘密という言葉の本当の意味は、衆生の自秘にあるとみてよいと思います。
 < どのようにすればものの奥底を見通す目が持てるか >
 ものごとをうわべだけの姿や形にまどわされないで、核心を衝く見方は、どのようにして身につくのであろうか。本を読んだり、すぐれた人の話を聞いたり、荒行をやったり、そういった知識とか苦行をいくら積み重ねても、直接、本当のものを見通す目はできてきません。われわれが日常生活をおくるとき、大小とか、善悪とか、高低とか、優劣とか、こういった対立的な見方を基礎にして、判断を下している。ところがこういった相対的な観点からものを見るだけでは、ものごとの本当の姿が見えてこないのです。対立したものの考えに支配されず、大局的に全体を見通す立場から、すべてのものの相互の繋がりのなかで眺めることによって、ものの本質が見えてくる。-(中略)-
 現実世界だけでなく宗教的な生活のなかでは、さらに一段と高い仏さまの立場からものを見る目を育てなければならないでしょう。
 密教の根本のご本尊である大日如来とは、このような日常性を越えた目をもった仏さまであります。大日如来は過去、現在、未来を通じて永遠で、しかもあらゆるところにいらっしゃる普遍的な仏さまで、宇宙全体を包みこんだ大きな命の根元といってよいでしょう。仏教では現実世界にあるものは、永続的な実体があるものとはみないで、それはもともと空なのだと説きます。密教ではこのような空の境地を、本不生といいます。つまり過去、現在、未来と通じて、生じたり滅したりすることの本来的にないことが空であり、それだけにそこは時間と空間に支配されない自由自在な働きの可能な場所でもあります。それは大日如来そのものであり、大宇宙の大きないのちのもとといってもよいでしょう。この場合、いのちといっても、母胎から生まれ、やがて死んでいく人間とか生きもののいのちではなく、生物、無生物を含めた大自然が本来もっている宇宙的な規模のいのちを指す言葉なのであります。
 こうした観点からすれば、現実世界の一切のもの、人間とか動物、さらには山川草木にいたるまで、すべてがこの宇宙のいのちの一部であることがわかります。われわれの肉体も精神も、自分一人だけのもののように思いがちであります。けれども自分も他人も、鳥も獣も、もともと同じ宇宙のいのちのあらわれなのです。
 我々一人ひとりのいのちが、宇宙の大きないのち、大日如来のいのちの一部であるとともに、われわれ個々の存在の中に、如来の大きないのちが宿っている。こういった関係は、われわれの日常使っている論理でもって、納得のいく説明をえるのは困難なことです。それは理性の働く理屈の範疇ではなく、宗教的な直観の領域だといえましょう。
 仏教ではこうした直観を、瞑想によって身につけます。禅定とか瑜伽といわれるものがそれに相当します。-(後略)-

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 この本の出版当時、著者は高野山大学の教授にして、真言宗の伝灯大阿闍梨ということです。
中公文庫の200ページくらいの文庫本です。そのなかで、この部分がいちばん真言密教の本質に迫る部分だったかなと思いコピーさせていただきました。こういう内容をこのようにわかりやすく説明している文章はなかなかありません。
 この文章の大日如来をブラフマンに置き換えてもほとんど違和感がないと思います。ただ仏教ですから「空」の概念との関係が書かれています。『空の境地は本不生であり、空は大日如来そのものである』と書いてあるようにみえます。
 終わりの方に『宗教的な直観の領域』とありますが、最新の物理学の宇宙観がこのような世界観にかなり近いものであることを考えると、これを理解するのにかならずしも宗教的直観に頼る必要はないのかもしれません。
 瞑想は自分自身を知るために有効であり、自分を知ることが宇宙を知ることにつながるということだと思います。
 それから『仏さまの立場からものを見る目を育る』とあります。これはよい言葉でした。1段も2段も3段も高い視点から自分を見、世界を見ることができれば、この世界は空であり、まさに大日如来そのものなのかもしれません。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。