世界遺産・伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡。秋田県北秋田市脇神字伊勢堂岱。伊勢堂岱縄文館。
2022年10月5日(水)。
伊勢堂岱遺跡は縄文時代後期初めに、台地を削って平坦にならして広く土地造成し、大量の石を運搬するなどによって、墓を取り込んだ環状列石や建物群などを築いた20万㎡におよぶ大規模な祭祀の場であった。東北地方北部における葬祭の実態や、発達した高度な土木工事の様相もうかがえ、当時の社会構造や精神生活などを知る上できわめて重要である。
全貌が把握された東北隅の環状列石Aは、北側に出入り口と思われる列石が付き、中央の環は約1,500個の川原石を長径30m・短径25mほど並べたものであった。周辺からは環状列石に関連する多くの土坑墓などが発見された。環状列石A・Cの外周に接して、平面が長方形で棟持ち柱がやや張り出した6本柱の掘立柱建物が巡っている。
環状列石は遺跡北西部に集中している一方、遺跡の東部には100mを越える縄文時代の溝状遺構が発見されている。
北東側の台地縁にはテラスを作り出したり、浅い環濠を巡らして区画したり、配石墓や配石などを設置していた。
環状列石群の北東側と北東隅に入り込んでいる沢やフラスコ状土坑からは、多量な遺物が出土している。板状土偶などの土偶、ヒョウタン型土器、キノコ形土製品、イモガイを模した土製品、動物形土製品、鐸形土製品、ミニチュア土器、三脚石器などの多くの祭祀遺物と、土器、石鏃、石錐、石匙などの日用道具も多量に発見されている。
土坑墓には土器や石器が供えられていることが多く、捨て場や貯蔵穴の墓への転用が考えられる。
伊勢堂岱遺跡から多く出土する縄文時代後期の十腰内(とこしない)1式土器は、S字の文様が特徴である。