徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第二十五話 悪巧み )

2005-06-06 17:56:48 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 六回目の寝返りでベッドから落ちそうになったのを雅人はかろうじてこらえた。時計はまだ夜の9時を過ぎたばかり、いつもならまだ風呂にも入ってない時間だ。
 透と顔をあわせているのがなんとなく気まずくて、早々に部屋に引き上げてしまったが、何をする気にもなれないのでベッドの上でゴロゴロしていた。

『何か飲んでこようかな。』と思った時、扉の外で修の声がした。

 「起きてるか?」

 「うん。」

 返事をしながら雅人は起き上がった。扉を閉めれば部屋は窓から入ってくる月明かりだけだったが、修はあえて明かりをつけようとはせず、そのままベッドまで来るとゆっくりと腰を下ろした。
 窓からの光だけで修の端正な顔を見ていたRPG好きの雅人は、修が人間だということをつい忘れそうになった。いけ好かない長老連中倒すごとにポイント+5、いや+10は欲しいかな…。

 「せっちゃんは本当にいい人だったよ…。」

 唐突にそう言われて、雅人は『えっ?』と現実に戻った。せっちゃんというのは雅人の母のことだとすぐに分かったが、修が母をちゃん付けで呼ぶのを初めて聞いた。

 「面倒見がよくって働き者だった。徹人さんはのんびりしてたから、せっちゃんのそういうところに惚れたんだろう。」
修は懐かしそうに言った。

 「修さん。覚えているの?まだ小さかったのに?」
雅人は不思議そうに訊ねた。

 「なぜだろうね。断片的にいろんなことを思い出すんだよ。僕の記憶というよりは、樹の記憶かもしれないけど。」
修は笑った。

 雅人は母を思い浮かべた。修の言うとおり働き者だった。
冬樹が亡くなって間もない頃、突然の事故で亡くなってしまった。ひょっとしたらそれも三左のやったことかもしれないと雅人は秘かに思っている。
 独りぼっちになった雅人を迎えに来てくれた時、囮になってくれと修は言ったが、本当は雅人の自尊心を傷つけないようにという修の心配りだったのかもしれない。

 『透も冬樹もこういう気遣いの中で育ったわけね。そりゃ自立心無くすわな。』
軽い反発心から、ほんのちょっと修に意地悪をしてみたい気持ちになった。

 「眠れないんだけど…。修さん抱っこしてくれないかなあ?」
雅人はからかうように言った。修はきっと笑うだろう。でかい図体して何馬鹿言ってるんだって。

 だが…修は笑わなかった。

 「いいよ…おいで。」

『マジかよ。冗談だぜ。』
雅人はたじろいだ。
 
 月明かりの中で修が笑みを浮かべたような気がした。あっと思った瞬間、力強く雅人の手を引き抱き寄せた。『冗談、修さん、マジ冗談だから…』と喉まで出かかったとき、修が搾り出すような声で言った。
 
 「悔しかったなあ…雅人。」

 修の一言で雅人の心の何かかはじけた。修の胸の鼓動が聞こえた時、不覚にも涙が溢れ出した。見られたくなくて顔を上げられなかった。声を出すまいと堪えても嗚咽の声は唇の端から漏れ出でた。身体だけは人一倍大きい雅人。強がってばかりで弱みを見せたがらない。けれども彼はまだ十六歳。大人たちの心無い中傷にによく耐えた。
 
 「もう…いいよ…。修さん。ありがと。」
泣くだけ泣いてしまうと、雅人は深呼吸して修から離れた。
 「ひとりで大丈夫だから…心配しないで。」

 修はそっと立ち上がり、軽く雅人の頭をなでてやるとその場を離れた。ドアノブに手を掛けた時、背後から雅人の声が追って来た。

 「母さんのこと覚えていてくれてありがとうね。」

修は振り返らず、お休みとでも言うように手を振った。

 



 三十年近く宗主として紫峰家に君臨してきた男は、いま、自分の入り込んでいる一左の身体が思うようにならないジレンマに苦しんでいた。必要が無くなればいつでも追い出せると思っていた一左の魂はびくとも動かず、自分の方がこの身体を捨てるためには新しい身体が必要だ。

 三左が欲しかったのは宗主としての一左の知識だったのだが、一左は自らを封印することによってそれを防止した。
 
 おまけに今になって、一左の孫たちが反旗を翻し、一族もそれを後押ししている。これほど長い年月の後にまさかとは思うが、自分の正体を誰かに見抜かれているようで、三左は薄気味悪さを感じていた。

 誰かが…とすれば考えられるのは修だ。しかし、修は生まれてから一度も本物の一左には会ったことがない。誰かが入れ知恵しなければ疑うこともしなかっただろう。

 では、いったい誰が…。次郎左か…?あの男なら或いはとも思うが、これまでずっと疎遠だったのに、そう簡単に気付くだろうか。

 貴彦…にはほとんど会ったことのない叔父と父親を完全に見分けるチカラはないし、黒田なんぞは、今日の今日まで敵同士だったはずだ。

 もし、眠れる一左が誰かに信号を送っていたとしたら…?誰に…?
考えれば考えるほど、相手の特定ができなかった。

 『まあいいだろう。相手が誰であろうと全員あの世へ送ってやれば済むことだ。
それには早く雅人の身体を手に入れなければならん…。どうやって?』
 
 冬樹を落とすのはわけないことだった。せつを殺すのも簡単だった。奴らには何のチカラも備わってなかったからだ。だが雅人は馬鹿だが冬樹ほど無力ではない。いざとなったら何が起こるか分からない。冬樹の遺体を封印したのは修だろう。雅人の時にもきっと何か手をうってくる。

 修の注意を雅人からそらすための何か。透や雅人に並ぶほどの心動かす何か…。

 そう考えた時、三左の頭に浮かんだのは例の藤宮の笙子の顔だった。
『ああ、これなら…上手くいくに違いない。あの姫を使えば…の。』
 
三左はひとりほくそ笑んだ。修の困惑した顔が目に見えるようだった。

『わしがちょっとばかし手助けしてやろうぞ。修よ…。』

ニヤニヤと厭味な笑みを浮かべながら三左は受話器を手にした。





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