徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第二十九話 託された思い)

2005-06-11 15:25:59 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 三日目に入っても透も雅人も相変わらず珍奇なアート作品を作り続けていた。

 修としてはどこをどうするとガーベラがこのようなわけの分からない物体に変化するのか不思議に思うところではあるが、まあそれはそれとして一笑に付すしかない。二人が気付くまで。
 

 可笑しな様相を呈するガーベラを前になにやら真剣に考えていた雅人が、閃いたと言わんばかりに透の肩を叩いた。

 「透。あのさ…おまえが前修行してた時に精神修養以外に何か教えてもらった?」

透は三日間の修行を思い出し、断片的ながら詳しく雅人に伝えた。

 「…で、修さんの波長と僕の波長を融合させて…。」

 「それだ!」

どれだという目で透は雅人を見たが、雅人は浮き浮きした様子で話し出した。

 「透。それだよ。ガーベラの波長に僕らの波長を合わせてみよう。」

 「合った時点で相手を引っ張り出すのか!」

 雅人の合図で二人はいっせいにガーベラに向かった。静かに呼吸を整え、相手の波長を探り始めた。ところが、ガーベラの波長に合わせようとした瞬間、凄まじい衝撃を受け二人とも弾き飛ばされてしまった。
 

 驚いて起き上がると修が血相変えて二人の間に立っていた。修は力が抜けたようにその場にがっくりと腰をおろした。
 
 「気をつけなきゃだめだ…。おまえたちは今お互いの魂を抜こうとしていたんだよ…。」

 まるで全力疾走した後のように息を切らしていた。

 修に言われて自分たちがとんでもない間違いを犯すところだったことにぞっとした。

 「おいで…。二人とも…。言っておかなければならないことがある。」

 修はまだ動悸が収まらないようだった。二人はしおらしくうなだれて修の前に座った。



 二人を前にして、修はまだ迷っているようだったが、やがて口を開いた。

 「この前、雅人が訊いたね。五歳までにマスターできたかと…。そのとおりだよ。
僕は正確には三歳頃に相伝を受けた。成長するまで待ってる時間がなかったんだ…。
父も母もいつ殺されるかわからないことに気付いていたから。
 
 前修行なんかない。事前の修練もない。僕はたった三歳。
そんな状態なのに、僕の相手はガーベラなんかじゃなかった…。」

 修の身体が震えているのが分かった。二人は息を飲んだ。

 「僕の最初の相手は可愛がっていたペットたちだった。最初から成功なんてするはずがない。
僕はこの手で大事な友達たちを殺してしまったんだ…。
悲しくて、苦しくて、逃げ出したかった。でも…許されるはずもない。

 そんな僕の心の弱さを見抜いたのか、次に僕の相手になったのは父だった。」

 透と雅人の唇から呻くような声がもれ出た。修の恐怖が自分たちにも伝わってくるのがはっきり分かった。

 「他のものに殺されるならおまえに殺された方がましだと父は言った。
 僕がペットたちを死なせてしまってから何分も経っていないのに、どうして父を相手にこんな危ないことができる?

 泣いて頼んだよ。やめさせて欲しいと…。

 『時間がないんだ…。おまえにすべてを伝えておかなければ、一族が滅ぼされてしまう。紫峰家だけの問題じゃない。 このままほうっておけば、無関係な人々まで巻き込むことになるんだよ。
 おまえはその力で皆を護っていかなくてはならない。おまえのその力の礎になるなら俺は死んでもいい。俺を殺しても決して後悔するな。これは俺が望んだこと…。』

 …だけど僕に何ができる?」

 あまりの悲惨な光景に透も雅人も言葉を失った。
 
 「祈るしかなかった…。全身が震えた。怖ろしくて…。
三歳児の記憶がこんなにはっきりしているところを見るとその恐怖も相当なもんだったんだろう。
 極限状態に追い込まれた僕は樹としての記憶を蘇らせた。どうにか…父を殺さずに済んだよ。」

 修は大きく溜息をつくと二人を見つめた。  

 「おまえたちは今やっと方法を見出したが相手を選別することを忘れた。
最初に言ったとおり相手にしているのは命だということを忘れてはいけない。少しでも間違いがあれば相手の命を奪い、相手だけでなく対象外の誰かを殺すことだってある。
 
 逆に相手が強ければ自分が死ぬことだって有りうる。それほど危険なことなんだよ。
 
 慌てなくていい。あせる必要は無い。くれぐれも細心の注意を払うこと。
これから先、植物から動物へと対象を変えていく。もし、おまえたちが命に敬意を払わないようであれば、或いは真剣さが足りないようであれば、僕がおまえたちの相手になる。

 僕は本気だからね。」

 ガーベラの成れの果てに目を向けながら、『それだけは絶対に嫌だ。』と二人は思った。
それまでだってふざけていたわけではないが、対象が植物ということで軽く考えていたのは確かだ。そのためにもう少しでお互いに殺し合うところだった。

 ことに透は前修行を受けたにも拘らず、その成果が身についていなかったことを思い知らされて情けなかった。修さんや皆にあれだけ手助けしてもらったのに…と。

 雅人は…別のことを考えていた。
紫峰家が代々宗主を立ててこの術を継承し、門外不出として封印してきたのは、この危険な術を世間の目から隠し、悪用されるのを避けるためだったのだろう。では、なぜ…完全に排除してしまわなかったのか。この世から消してしまえば何の問題もなかったのではないか。

 「そうだね…。その答えは相伝の中にある…おまえにも分かるよ…時が来ればね。」

雅人の心を読んだのか修は穏やかにそう言った。
 

 
 
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