玄関のドアを開けた瞬間…仕事部屋の方から西沢と玲人の楽しげに話す声が聞こえた…。
滝川は思わず眉を顰めた…。
仕事部屋に居る限りは仕事の話をしているのだろうが…やたら気に障る…。
同じように苛々させられても…玲人の父…相庭の方がずっとマシだった…。
それは玲人も同じだろう…。
滝川には何かにつけて…わざとらしく慇懃無礼な態度をとる…。
明らかに滝川に対して思うところがあるのだ…。
能力的に未知数の西沢を見張らせるために、相庭が西沢と同じ年頃の次男玲人を使い出したのはふたりがまだ赤ん坊の頃…。
以来…玲人はずっと西沢の周りをうろうろしている…。
玲人が修練だか何だか…そんなものに行っていた数年を除いては…。
そんな関係だから…まるで実の兄弟のように仲が良い…。
兄弟のようにだって…ふん…笑わせるな…。
気のねぇ紫苑はともかく…玲人はとっくに恋人気取りさ…。
わけもなく溜息を吐きながら滝川が居間に荷物を降ろすや否や…仕事部屋の扉が開いて西沢とカルトンを手にした玲人が姿を現した。
恭介…お帰り…と西沢が声をかける。
ただいま…と…それに答えながら…わざとそちらの方には近付かない…。
玲人は二言三言…西沢と言葉を交わすと…お邪魔さまで…と取ってつけたように滝川にも声をかけて帰って行った。
西沢がこちらに近づいて来る…。
表情は見えないが…おそらくはニヤニヤと笑いながら…。
「機嫌悪いな…。 」
西沢が可笑しそうに言う…。
別に…と軽く答えてキッチンへ向かう…。
「コーヒー…? 」
背後から西沢の声…。
まるで滝川の行動を見越しているよう…。
当然か…ずっと一緒に居るんだもんな…。
コーヒー豆の入った缶を取ろうとする滝川の手より先に西沢の手が伸びた。
「淹れてやるよ…。 」
そう言って西沢は滝川のために豆を挽いた…。
あの少年…の話は、あっという間に族長たちの間に広まった…。
HISTORIANが再び国内に侵入し…悪さを始めるのではないか…との懸念も囁かれたが、どうやら彼等は組織の立て直しに忙しいようだった…。
何しろ…この国を狙ったことで多くの仲間が力を失ってしまったのだから…。
けれども…安心はできない…。
彼等の歴史は古く…世界のありとあらゆるところに根を張っている…。
主力部隊がこの国を去っても…その根は残っているのだ…。
種も蒔かれてある…。
何時芽吹くとも分からぬ種…。
「封じておくべきだったか…な…。 」
その場の誰にともなく宗主は呟いた。
御使者長と三人の総代格は思わず互いに顔を見合わせた…。
少年の力を封じてしまうこと…或いは完全に消してしまうことは…別段…難しいことではなかった。
相手が子供でなければ…そうしていたかもしれない…。
けれども、まだ12~3の少年を力で封じ込めることは、少年の心の成長に影を落とすのではないかと考え、裁定人たちはそのまま様子を見ることにしたのだった。
「このたびは…滝川恭介に託宣が下ったということですから…特使やノエルの時とは違って…そのまま鵜呑みにするわけにはいきますまい…。 」
御使者長が静かに答えた…。
「滝川自身は十分信頼するに足る男ですが…太極の伝言の内容を正しく受け取れているかどうかは分かりません…。
何しろ太極と直接接触するのは…これが初めてなのですから…。 」
有が何か言おうとしたが…宗主の方が早かった。
「奴が未だ動かないのは…考えがあってのことだろう…。
恭介の勘がはずれたわけではない…。 智明もそれには気付いているはずだ…。」
何を狙っているのか…。
何をしようとしているのか…。
「時に…恭介の具合はどうだ…? 」
滝川についてはこれ以上はないというくらいに手厚い保障を約束している宗主だが…やはり気にかかるらしい…。
「ノエルの話では…回復の兆しらしきものがあったということですが…。
ほんの一瞬だったようで…。 」
有の答えを聞きながら…そうか…と…少しばかり残念そうに頷いた。
「何とか…完全に回復してくれると良いのだが…。
仲根には協力を惜しまぬように伝えておいた…。
紫苑もしばらくは特使の役目を忘れて…恭介の治療に専念するがいい…。 」
ご高配有難うございます…と有は西沢と滝川に代わって礼を述べた…。
御使者としては不測の事態に備えて…裁定人の採るべき方向を決めておく必要があったが…情報の出所がいつもと違うことに躊躇いがあった。
御使者長は御使者だけでの即断を避けて…宗主の意見を仰ぐことにした。
他の家門が関わっているだけに慎重に事を運ばねばならない…。
宗主の判断ならば…結果がどうあろうと…それはそれで正当な理由がつく…。
無論…滝川一族は能力者の世界でも最も厚い信頼を得ている屈指の情報通だし…滝川自身はすでに裁きの一族のひとりとして認められている存在ではある…。
誰も疑っているわけではないが…滝川には正確に気の言葉を把握する能力がない…という点で不安が残るのだ…。
事が起こる起こらないは別として警戒だけは怠らぬように…いざという時には…などとおおまかな指針を決めて御使者長と三人の総代格は宗主の御前を後にした。
パタパタと小さな足音が近付いてくる…。
楽しげな声と一緒に…。
「先生…ただいまぁ…。 」
吾蘭が滝川の足に飛びついた。
来人と絢人も次々に…絢人は手を伸ばして抱っこも要求する…。
「おお…お帰り…。 どうだった…水族館は…?
何か…面白いの居たかい…? 」
絢人を抱き上げながら…滝川は年長の吾蘭に訊ねた。
「居た! でっかくてちろいの…。 ちゅなめり…。 」
ちゅなめり…? ああ…スナメリ…ね…。
「おとうたんは…? 」
吾蘭が首を傾げながら訊いた。
「まだ…お昼寝…。 朝まで仕事してたからね…。
もう…起こしてもいいよ…。 アラン…起こしに行ってきて…。」
滝川がそう言うと吾蘭は素直に…はいっ…と返事をして寝室に向かって駆け出した。
来人も後をついて行った。
「珍しいわね…。 紫苑がこんな時間まで昼寝だなんて…。
あんたが悪さしたんじゃないの…? 」
子供たちの後から入って来た輝が疑わしそうな眼を向けた。
「悪さなんてとんでもない…。 来週には撮影が始まるんだ…。
大切なモデルさんにそんなこと致しませんよぉ…だ…。
なっ…ケント…。 」
ふんっ…と鼻先で笑い飛ばしながら滝川は絢人の頭を撫でた。
絢人は嬉しそうににこにこと笑ったが…滝川には見えなかった。
どうだかね…と溜息混じりに言いながら、輝はキッチンのテーブルに買い物袋を置いた。
寝室の方から吾蘭たちのはしゃぐ声がして…まだ寝ぼけ眼の西沢が姿を現した。
半分は本当…半分は嘘…西沢を見ながら輝はそう感じた…。
「お帰り…輝…。 有難うな…アランたちまで連れてってくれてさ…。
せっかくの休みに悪かったな…。 」
西沢は欠伸を噛み殺しながら言った…。
「いいのよ…。 今日は…智哉さん夫妻が一緒だったし…。
それにアランが居るとクルトもケントもおとなしいものよ…。 」
そう…それが輝にはいつも不思議だった…。
まだ三歳前の吾蘭の何処にそれだけの思慮分別があるのか…。
幼い弟ふたりの面倒を実によく看る…。
でき過ぎよ…。
気味が悪いくらい…。
本心ではそう言いたいのをぐっと堪えた。
「吾蘭は利巧な子だわ…。 」
曖昧にそれだけ言った。
西沢が嬉しそうな笑みを浮かべた。
親馬鹿ね…。
紫苑でもそんな顔するのね…。
輝の知らない西沢の顔がそこにあった…。
西沢との距離がさらに離れてしまったようで切なかった…。
西沢と滝川が本当のところどんな関係にあるのかは輝にも分からない。
長い付き合いだけれど…ふたりの心の奥底までは読み取ることができなかった。
言い寄られると男も女もなく、ついふらふらとその気になってしまう西沢の浮気癖に、輝はこれまで何度も腹を立てた。
けれども、西沢は決して後に引きずるような相手に気を許したことはなく、しいて厄介な奴と言えばこの滝川ひとり…。
滝川にだけは輝の怒りも嫉妬も歯が立たず…西沢の最も近い位置に…滝川の存在を認めざるを得なかった…。
ノエル…よく我慢してると思うわ…。
わたしなら絶対…我慢できない…。
こいつが…毎晩…自分の隣に寝てるなんてこと…。
半分…男だから平気なのかしら…?
西沢が…クスッ…と笑ったのを輝は見逃さなかった。
「何よ…。 」
不機嫌そうに西沢を睨みつけた。
何でもありません…と西沢は笑いながら首を振った。
「おまえ…また僕の悪口考えてたろう…? 」
滝川が可笑しそうに言った。
西沢のクスクス笑いが大きくなった…。
思わず出る溜息…。
普段は、知らぬ存ぜぬ…で通していても、その気になれば西沢には人の心が読める…。
滝川はその西沢の心の動きを掴むことができる…。
まるでふたつの身体を持ったひとつの生き物…。
何年も輝を苛々させてきたものは…それだった…。
それがなければ…ノエルに西沢を渡したりはしなかったかもしれない…。
それも結果論だわ…。
輝はもう一度大きな溜息を吐いた…。
そう…結果論だ…。
滝川は思った。
僕は…おまえと紫苑の仲を邪魔したことはないし…邪魔をする気もなかった…。
僕の望みはただひとつ…紫苑の幸せだけ…。
紫苑の満足げな笑顔さえ見ていられれば…それでよかったんだ…。
「よいしょっと…さて…おちびさんたち…。
晩御飯…何が食べたいのかな…? 何…作ろうか…? 」
抱いていた絢人を床に降ろしながら、滝川は子供たちに訊ねた…。
「カレーライチュ! 」
「チュパ! 」
「バーグ! 」
どれだよ…。 じゃんけんだな…こりゃぁ…。
滝川がそう思った時…来人と絢人がお願いするようにじっと吾蘭の方を見つめた。
吾蘭がうんうんと頷いた。
「チュパゲッティとハンバーグ…ちゅくって…先生…。 」
吾蘭が惜しげもなく自分の希望を取り下げた…。
弟たちに譲ってあげるの…?
アランはいい子だ…と滝川が褒めた…。
何なの…この子は…。
背筋に冷たいものが流れて…思わずゾクゾクッとした。
輝には目の前でおきたことが信じられなかった…。
恭介…おかしいと思わないの…?
こんな子供がいる…?
口から出そうになる言葉をかろうじて飲み込んだ。
うろたえ気味に西沢の顔を見て…なおさら愕然とした…。
あのいい加減極まりない西沢が…いとも満足げに頷いていた…。
これが当然であるかの如く…。
次回へ
滝川は思わず眉を顰めた…。
仕事部屋に居る限りは仕事の話をしているのだろうが…やたら気に障る…。
同じように苛々させられても…玲人の父…相庭の方がずっとマシだった…。
それは玲人も同じだろう…。
滝川には何かにつけて…わざとらしく慇懃無礼な態度をとる…。
明らかに滝川に対して思うところがあるのだ…。
能力的に未知数の西沢を見張らせるために、相庭が西沢と同じ年頃の次男玲人を使い出したのはふたりがまだ赤ん坊の頃…。
以来…玲人はずっと西沢の周りをうろうろしている…。
玲人が修練だか何だか…そんなものに行っていた数年を除いては…。
そんな関係だから…まるで実の兄弟のように仲が良い…。
兄弟のようにだって…ふん…笑わせるな…。
気のねぇ紫苑はともかく…玲人はとっくに恋人気取りさ…。
わけもなく溜息を吐きながら滝川が居間に荷物を降ろすや否や…仕事部屋の扉が開いて西沢とカルトンを手にした玲人が姿を現した。
恭介…お帰り…と西沢が声をかける。
ただいま…と…それに答えながら…わざとそちらの方には近付かない…。
玲人は二言三言…西沢と言葉を交わすと…お邪魔さまで…と取ってつけたように滝川にも声をかけて帰って行った。
西沢がこちらに近づいて来る…。
表情は見えないが…おそらくはニヤニヤと笑いながら…。
「機嫌悪いな…。 」
西沢が可笑しそうに言う…。
別に…と軽く答えてキッチンへ向かう…。
「コーヒー…? 」
背後から西沢の声…。
まるで滝川の行動を見越しているよう…。
当然か…ずっと一緒に居るんだもんな…。
コーヒー豆の入った缶を取ろうとする滝川の手より先に西沢の手が伸びた。
「淹れてやるよ…。 」
そう言って西沢は滝川のために豆を挽いた…。
あの少年…の話は、あっという間に族長たちの間に広まった…。
HISTORIANが再び国内に侵入し…悪さを始めるのではないか…との懸念も囁かれたが、どうやら彼等は組織の立て直しに忙しいようだった…。
何しろ…この国を狙ったことで多くの仲間が力を失ってしまったのだから…。
けれども…安心はできない…。
彼等の歴史は古く…世界のありとあらゆるところに根を張っている…。
主力部隊がこの国を去っても…その根は残っているのだ…。
種も蒔かれてある…。
何時芽吹くとも分からぬ種…。
「封じておくべきだったか…な…。 」
その場の誰にともなく宗主は呟いた。
御使者長と三人の総代格は思わず互いに顔を見合わせた…。
少年の力を封じてしまうこと…或いは完全に消してしまうことは…別段…難しいことではなかった。
相手が子供でなければ…そうしていたかもしれない…。
けれども、まだ12~3の少年を力で封じ込めることは、少年の心の成長に影を落とすのではないかと考え、裁定人たちはそのまま様子を見ることにしたのだった。
「このたびは…滝川恭介に託宣が下ったということですから…特使やノエルの時とは違って…そのまま鵜呑みにするわけにはいきますまい…。 」
御使者長が静かに答えた…。
「滝川自身は十分信頼するに足る男ですが…太極の伝言の内容を正しく受け取れているかどうかは分かりません…。
何しろ太極と直接接触するのは…これが初めてなのですから…。 」
有が何か言おうとしたが…宗主の方が早かった。
「奴が未だ動かないのは…考えがあってのことだろう…。
恭介の勘がはずれたわけではない…。 智明もそれには気付いているはずだ…。」
何を狙っているのか…。
何をしようとしているのか…。
「時に…恭介の具合はどうだ…? 」
滝川についてはこれ以上はないというくらいに手厚い保障を約束している宗主だが…やはり気にかかるらしい…。
「ノエルの話では…回復の兆しらしきものがあったということですが…。
ほんの一瞬だったようで…。 」
有の答えを聞きながら…そうか…と…少しばかり残念そうに頷いた。
「何とか…完全に回復してくれると良いのだが…。
仲根には協力を惜しまぬように伝えておいた…。
紫苑もしばらくは特使の役目を忘れて…恭介の治療に専念するがいい…。 」
ご高配有難うございます…と有は西沢と滝川に代わって礼を述べた…。
御使者としては不測の事態に備えて…裁定人の採るべき方向を決めておく必要があったが…情報の出所がいつもと違うことに躊躇いがあった。
御使者長は御使者だけでの即断を避けて…宗主の意見を仰ぐことにした。
他の家門が関わっているだけに慎重に事を運ばねばならない…。
宗主の判断ならば…結果がどうあろうと…それはそれで正当な理由がつく…。
無論…滝川一族は能力者の世界でも最も厚い信頼を得ている屈指の情報通だし…滝川自身はすでに裁きの一族のひとりとして認められている存在ではある…。
誰も疑っているわけではないが…滝川には正確に気の言葉を把握する能力がない…という点で不安が残るのだ…。
事が起こる起こらないは別として警戒だけは怠らぬように…いざという時には…などとおおまかな指針を決めて御使者長と三人の総代格は宗主の御前を後にした。
パタパタと小さな足音が近付いてくる…。
楽しげな声と一緒に…。
「先生…ただいまぁ…。 」
吾蘭が滝川の足に飛びついた。
来人と絢人も次々に…絢人は手を伸ばして抱っこも要求する…。
「おお…お帰り…。 どうだった…水族館は…?
何か…面白いの居たかい…? 」
絢人を抱き上げながら…滝川は年長の吾蘭に訊ねた。
「居た! でっかくてちろいの…。 ちゅなめり…。 」
ちゅなめり…? ああ…スナメリ…ね…。
「おとうたんは…? 」
吾蘭が首を傾げながら訊いた。
「まだ…お昼寝…。 朝まで仕事してたからね…。
もう…起こしてもいいよ…。 アラン…起こしに行ってきて…。」
滝川がそう言うと吾蘭は素直に…はいっ…と返事をして寝室に向かって駆け出した。
来人も後をついて行った。
「珍しいわね…。 紫苑がこんな時間まで昼寝だなんて…。
あんたが悪さしたんじゃないの…? 」
子供たちの後から入って来た輝が疑わしそうな眼を向けた。
「悪さなんてとんでもない…。 来週には撮影が始まるんだ…。
大切なモデルさんにそんなこと致しませんよぉ…だ…。
なっ…ケント…。 」
ふんっ…と鼻先で笑い飛ばしながら滝川は絢人の頭を撫でた。
絢人は嬉しそうににこにこと笑ったが…滝川には見えなかった。
どうだかね…と溜息混じりに言いながら、輝はキッチンのテーブルに買い物袋を置いた。
寝室の方から吾蘭たちのはしゃぐ声がして…まだ寝ぼけ眼の西沢が姿を現した。
半分は本当…半分は嘘…西沢を見ながら輝はそう感じた…。
「お帰り…輝…。 有難うな…アランたちまで連れてってくれてさ…。
せっかくの休みに悪かったな…。 」
西沢は欠伸を噛み殺しながら言った…。
「いいのよ…。 今日は…智哉さん夫妻が一緒だったし…。
それにアランが居るとクルトもケントもおとなしいものよ…。 」
そう…それが輝にはいつも不思議だった…。
まだ三歳前の吾蘭の何処にそれだけの思慮分別があるのか…。
幼い弟ふたりの面倒を実によく看る…。
でき過ぎよ…。
気味が悪いくらい…。
本心ではそう言いたいのをぐっと堪えた。
「吾蘭は利巧な子だわ…。 」
曖昧にそれだけ言った。
西沢が嬉しそうな笑みを浮かべた。
親馬鹿ね…。
紫苑でもそんな顔するのね…。
輝の知らない西沢の顔がそこにあった…。
西沢との距離がさらに離れてしまったようで切なかった…。
西沢と滝川が本当のところどんな関係にあるのかは輝にも分からない。
長い付き合いだけれど…ふたりの心の奥底までは読み取ることができなかった。
言い寄られると男も女もなく、ついふらふらとその気になってしまう西沢の浮気癖に、輝はこれまで何度も腹を立てた。
けれども、西沢は決して後に引きずるような相手に気を許したことはなく、しいて厄介な奴と言えばこの滝川ひとり…。
滝川にだけは輝の怒りも嫉妬も歯が立たず…西沢の最も近い位置に…滝川の存在を認めざるを得なかった…。
ノエル…よく我慢してると思うわ…。
わたしなら絶対…我慢できない…。
こいつが…毎晩…自分の隣に寝てるなんてこと…。
半分…男だから平気なのかしら…?
西沢が…クスッ…と笑ったのを輝は見逃さなかった。
「何よ…。 」
不機嫌そうに西沢を睨みつけた。
何でもありません…と西沢は笑いながら首を振った。
「おまえ…また僕の悪口考えてたろう…? 」
滝川が可笑しそうに言った。
西沢のクスクス笑いが大きくなった…。
思わず出る溜息…。
普段は、知らぬ存ぜぬ…で通していても、その気になれば西沢には人の心が読める…。
滝川はその西沢の心の動きを掴むことができる…。
まるでふたつの身体を持ったひとつの生き物…。
何年も輝を苛々させてきたものは…それだった…。
それがなければ…ノエルに西沢を渡したりはしなかったかもしれない…。
それも結果論だわ…。
輝はもう一度大きな溜息を吐いた…。
そう…結果論だ…。
滝川は思った。
僕は…おまえと紫苑の仲を邪魔したことはないし…邪魔をする気もなかった…。
僕の望みはただひとつ…紫苑の幸せだけ…。
紫苑の満足げな笑顔さえ見ていられれば…それでよかったんだ…。
「よいしょっと…さて…おちびさんたち…。
晩御飯…何が食べたいのかな…? 何…作ろうか…? 」
抱いていた絢人を床に降ろしながら、滝川は子供たちに訊ねた…。
「カレーライチュ! 」
「チュパ! 」
「バーグ! 」
どれだよ…。 じゃんけんだな…こりゃぁ…。
滝川がそう思った時…来人と絢人がお願いするようにじっと吾蘭の方を見つめた。
吾蘭がうんうんと頷いた。
「チュパゲッティとハンバーグ…ちゅくって…先生…。 」
吾蘭が惜しげもなく自分の希望を取り下げた…。
弟たちに譲ってあげるの…?
アランはいい子だ…と滝川が褒めた…。
何なの…この子は…。
背筋に冷たいものが流れて…思わずゾクゾクッとした。
輝には目の前でおきたことが信じられなかった…。
恭介…おかしいと思わないの…?
こんな子供がいる…?
口から出そうになる言葉をかろうじて飲み込んだ。
うろたえ気味に西沢の顔を見て…なおさら愕然とした…。
あのいい加減極まりない西沢が…いとも満足げに頷いていた…。
これが当然であるかの如く…。
次回へ
テーマは「自同律の不快」です。ドストの影響は
多少ありますが凄いです。是非読んでみて。
「不快」を表現する主人公、カフカ的でも。
題名はちゃんと覚えているのに…です。
まだ子供でしたから…多分…読んだといっても流し読みをしていたのかもしれません…。
或いは…理解を超えていたのかも知れない…。
粗筋でも聞けば…あれか…と思い出すかも知れませんが…。
毒のある存在です。
古い言葉で言えば「自己否定」。
自分と「本当に素直」に向き合わないと
何も表現できません。
埴谷雄高の「死霊」は30年書いても未完でした。
本人も亡くなりました。
大好きな作品です。
綺麗ごとだけじゃ済まされないのが人生で…。
…って老人みたいなことを言ってみたりして…。
ブログ小説はいいですよ。
連続しつつ、その日風。
自由に実験できそうですね。
結構楽しいから…。
文才なんてあるのかないのか分からないけど…書いてる時が今は一番幸せだな…。
そんなお金もないしね…。
下手くそでもさ…顔見えないから恥かしげもなく書けるわけで…。
読んでくれてるんですね。
感動です…。
駄文だから感想なんてないかもしれないけど…読んだよ…くらいのコメントでももらえると励みになります。
素人の書いたものだけどひとりでも多くの人に読んでもらえたら嬉しいなぁ。
おいらにはマネできません。
いつも
でも小さい時から
今は、毎日がいっぱいいっぱいです
僕も時間を作って、じっくり拝見します。
時間なかったら、あとがきだけでも...
嘘、うそ
doveさんの小説いつも凄いなぁーと思うよ
凡才にはなかなか書けるもんじゃありません
ゆえにコメント出来ない σ( ̄∇ ̄;)
今度ゆっくり腰を据えて読んでみます
他のブログ小説を読んだことが無いので…皆さんそうなのかどうかは分からないですが…。
意図的ですね。
詩的だと思えば~いつかジワーって感じで解ると思いつつ読んでます。単話としても不思議さが楽しめます。でももう4話くらい読んでますが。
この頃…パソコンで変換してばかりなんで…漢字を書けなくなりました。
頭から抜けちゃってね…。
やっぱり…手で書かないと忘れるね…。
国語、漢字の勉強からやり直しだ
有難う…嬉しいなぁ…。
でも続・現世より現世太極伝の方が先なんです。
そっちから読んで貰った方が話が分かると思う…。
これより短いし…存在意義とと生命に関してはそっちの内容の方が上なんですよ。
内容は好き好きだけど…。
そうだねぇ…鰯は…こちらでは60円くらいだと安い方かな…。
関東方面はこちらより高いのが普通かも…。
今日、魚屋で鰯探したんだ。
でもさ・・・今一人暮らし・・・・
今日は買わなかった