徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二十三話 呪文使い)

2006-06-17 23:29:07 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 鬼道というものの解釈にもいろいろあるが、倉橋家に伝わるものは大陸における方術…道術の流れをくんだもので、自然界に宿るあまたの精霊・魔物などを操る業と言われている。
 倉橋家では…呪文を駆使して人を呪い殺す…などというのは邪道・禁忌、むしろ魔を払ったり、霊を鎮めたり、病を治めたりというような業を主に伝承してきた。
 そういう正道にも通ずるところが裁きの一族に重んじられるようになった所以と思われる。
 裁きの一族の周辺には鬼道に対する正道として御大親祀り…いわゆる神を祀る一族も居て…この一族なども倉橋家の呪文と同様…超能力というよりは文言と所作で神と対話し霊を鎮め…物霊などの力を巧みに操る業を持つ。

 超能力者とは異質のこうした業使いにも独特の気配はあるが、普段、彼等に馴染みがないとなかなかそれが特殊な力であることに気付けない。 

 ひょっとすると潜在記憶保持者の多くはそういう力を遺伝子の中に受け継いでいるのかもしれないと西沢は考えた。
 記憶が甦るのと同時に力も甦る…だから普段は普通の人間としか感じられないのかもしれない…と。



 「ですからね…先生…。 これは岩島先生のたっての願いでもあるわけで…。
アンソロジーの背景写真のモデルにどうしてもって…頼まれたんですよ。
ファッションショーじゃないんですから…衣装を着て言われたとおりにポーズとってりゃいいんです…。 」

 相庭の持ってくる仕事の中で最も引き受けたくないのがモデル…。
そりゃあメンズのモデルの寿命は結構長いよ…女性が20代初めで盛りを過ぎるってのに半ばで新人って人も居るらしいから…。
その代わり女性より格段に安いギャラで働くわけよ…。

 僕の場合…ギャラに文句は言わないけど…1歳くらいから延々やってるんだから…いい加減…疲れちゃった。
 二年続きで…恭介に付き合って写真集撮ったけど…あれは遊びだし…。
ま…恭介は結構稼いだらしいけどな。

 「モデルはやらないと何度も言ってるじゃないですか…。
僕は24の時に引退したはずでしょ。 お断りしてください…。 」

 またそんな…先生はまだ20代だし…年齢より5歳は十分若く見えますって…。
相庭は食い下がった。

だから…齢の話じゃねぇよ…。

 「撮影は滝川先生にとのご希望だそうですよ。
あの滝川先生の趣味の写真集を見て是非にと思ったんだそうです…。

 それに…岩島先生は…例の潜在記憶保持者ですよ…。
しかも…このアンソロジーの出版はあの三宅って子の居る所です。
会っといた方がいいんじゃないですかぁ…? 」

 そう来たか…。
西沢は呆れたようにふうっと溜息をついた。

 「分かりました…。 予定に入れといてください…。 
但し…モデル紫苑は我儘な男なので…岩島先生のご期待に副えるかどうかは保証できません。 」

 相庭はにんまりと笑った。
では…そういうことで…お迎えにあがりますからね。 
 勝手に逃げ出さないでくださいよ。
毎度のことながら長居すると西沢の気持ちが変わるとでも思っているかのように急いで帰って行った。

 やれやれ…今度は何をやらされるやら…。
窓の外に目を向けながら西沢はもう一度大きく溜息を吐いた。



 相庭に送られて滝川のスタジオに一歩入った途端…西沢はスタッフから熱烈な歓迎を受けた。
写真集の売れ行きが良かったから福の神とでも思われているのかもしれない。

 今回はそう上手くいくかどうか…他人の作品だ…。
他人の描くイメージに合わせて撮るのは…正直…恭介もやりにくいかもな…。 

 岩島のアンソロジーは自作の詩やエッセイなどを集めたもの…頁数にして100頁前後か…。 それを写真とイラストで物語風に飾ろうというわけ…。
 イラストはアンティークな作風で定評のある田辺カオリ…。 エッセイもイラストも同業者…なんか気分複雑だけど…。

 初日…だからなのかずっと居るつもりなのかは分からないが…岩島も田辺も撮影に同席している。
 軽く挨拶を交わし…スタッフがセットを組み終えるまでに衣装とメイク…。
時折…岩島の様子を観察する…。 今のところ変化なし…。

 「写真を使うのは詩の頁…作品は読んで貰ったと思うけれど…西沢先生…。
『トンネル』…いってみよう…。
 岩島先生のイメージでは…出口は見えているのに其処に辿りつけない…焦りと恐怖…。 」

 滝川を通じて指示される岩島の要求はかなり演劇的な要素を含んでいた。
モデルにパントマイムをやれってか…上等じゃないの…。
 
 西沢の微妙な動きや表情の変化をカメラが捉え…同時に田辺が鉛筆を手に素早くスケッチをする。
 岩島は原稿のコピーを手にあれこれチェックを入れている。
周りにHISTORIANらしい人物が居ないせいかまったく異常なし…。
 現段階で岩島に業使いの気配は感じられない。
それから何日かかけて撮影は続いたけれど岩島が暴れだすことはなかった。


 最終日…残るは二作品…。 
田辺のイラストと組み合わせることになっている表紙の写真は既に決定…田辺のアンティークなイラストの陰から覗く西沢の謎に満ちた表情…。  
 依頼した岩島も撮影した滝川も構図を決めて描いている田辺本人でさえも思わず背筋がぞくぞくっとした。 

 二作品の天使…悪魔…。 岩島の詩に込められた崇高美と退廃美。
眩い天上の光を纏った大天使…慈愛と威厳に満ちた神聖な姿…。
闇と罪のベールから覗く誘惑の微笑…淫靡な世界へと誘う妖しげな悪魔…。
 どちらも西沢でありながらどちらも西沢本人ではない。
あくまで岩島の詩の世界の具象化…。
岩島が想像していたよりもはるかに詩の意味するところを捉えている。

 岩島も田辺も西沢紫苑という男はモデルというよりはアクターなのではないかと思った。
 岩島が西沢を選んだのは、滝川の写真集がお気に入りの一冊になっていたこともあるが、西沢の現役時代を知る某ファッション雑誌のカメラマンから西沢というモデルについて話を聞いていたからでもある。

 例えば…目の前に差し出された衣装がどんなに陳腐なデザインものでも西沢は即座にその衣装の何処どうを見せたら効果的かを感じ取って必ず見せ場をつくる。
 西沢を知らないカメラマンに対しては西沢はただその指示に黙って従うただのモデルだが…西沢を知るカメラマンなら西沢が創り出す無言の一瞬を見逃さない。
実に面白い素材だよ…。
 あの若さでキャリアは20年以上…如何にベビー・キッズ・メンズと成長・進化してきたとは言え…10年居られりゃ超々売れっ子って世界でそれだけ仕事が取れたってことだぜ…信じられるかい? 

 岩島がそんなカメラマンの言葉を思い出しているうちに概ね撮影が終了した。
お疲れさま…とお互いに言い合っているところへ三宅が菓子折りさげて現れた。
 遅いよ…新人くん…とスタッフに声をかけられてぺこぺこ頭を下げていた。
予定よりも撮影が早く進んだので目測を誤ったようだった。
 編集の新人…今頃様子見に来たか…と岩島が三宅に眼を向けた時、急に岩島の意識が遠のいた。

 三宅が遅れた詫びを言うために岩島の方に近付いて来た時、不意に岩島が三宅に躍り懸かり暴れだした。
 西沢が抑えに向かおうとした瞬間、岩島の傍に居た田辺が何事か呟きながら岩島の背中をドンと叩いた。
岩島は三宅から手を離すと力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

 「困ったものだわ…。 本人は何にも覚えてないんだから…。 」

 業使い…? 西沢は思わず滝川と顔を見合わせた。
田辺がにっこりと頷いた。

 「私は亮の叔母よ…。 瑛子の妹なの…。 」

 亮の…叔母さん…! 倉橋の一族じゃないの…。
お母さんは普通の人だと聞いていたけど叔母さんは呪文使いなんだ…。

 
 意識を取り戻した岩島が何も覚えてないのをいいことに、急にめまいですか…それはいけませんねぇ…お大事になさってください…とスタジオを送り出した。

 その後で滝川は特別な部屋…に西沢を始め田辺と三宅を招き入れた。
西沢と田辺はともかくも三宅を部屋に入れた…というのでスタジオ中が驚いたが、 さっきの妙な騒ぎの成り行きじゃないか…三宅が被害者だからさ…ということで一応納得したようだった。

 「倉橋家の人がみんな呪文使いというわけじゃないの。
呪文使いにも向き不向きがあるから…そう何人もは居ないわ。
当主の直系では長兄と私だけね。 姉と次兄はまったく向かないの。

 姉の亡くなった原因を探っていたのよ。
あの作家が最近…旅行先で突然おかしくなったって聞いてたの…。
 この作品の仕事を貰った時にその話が出て、そう言えば岩島先生も旅行先で…なんて聞いたもんだからすぐにOKしたわよ。 」

 それに…うふふ…と叔母さんは意味有り気に笑った。 
噂の…西沢先生にお目にかかれるって聞いたんですもん…。
叔母さん39歳…まだまだるんるんの花盛り…!

 それは嬉しいな…と西沢も思わずにっこり…。
あかんっちゅうに…滝川は思わず天を仰いだ。
 西沢のにっこりは曲者…これに惹き込まれると大概は西沢ワールドから二度と脱け出せない。

 「あの~それで僕はなぜこんなに何度も襲われるんでしょうか~? 」

 情けない声で三宅が訊ねた。
さすがにこれほど連続してとんでもない眼に会うと、いったい俺が何したっちゅうんじゃ…!てな気分になる。

 あなたが呪文使いの血を引くからよ…。
古文書の話をしようと滝川が口を開こうとした矢先、田辺が話し出した。

 「相当古い時代の話だけれど…あなたの先祖に魔物封じをする業使いが居たの。
その人が書き残した文書があなたの家に残っているのよ。
 それは過去に世界が滅びる原因となった魔物の復活を予言したもので、その時には一族が結束して戦えとかいうような内容だったと思うわ。
 残念なことに呪文使いの存在自体が時代とともに廃れてしまって、あなたの一族に残っているのは古文書だけなのよ。 」

呪文使い…?三宅が驚いたようにみんなの顔を見回した。

 「HISTORIANが古文書のことを知ってきみに近付いた。
同じ使命を背負ったきみの一族が復活した魔物を倒す手助けをしてくれるのではないかと思ったのだろう。
 けれど…当てが外れた。
きみの一族には最早…呪文を使える人がいなかったから。
 ところが先祖が魔物と呼んだものにとってはそんなことはどうでもよく、敵と認識したものは片付けようということで、いろんな人にきみを襲わせているんだ。きみにとっちゃいい迷惑だけどな…。 」

 お気の毒とでも言いたげな視線を三宅に向けながら西沢が説明した。
敵と認識された…そんな馬鹿な…三宅は頭を抱えた。

 とにかく相手の正体が未だに分からないから先手の打ちようもないけれど、過去に妙な行動をとったと言われている人には、極力ひとりで近寄らないようにしなさい。
 何かあったら必ず連絡を入れて…僕にでも…滝川にでもいいから…。
きみひとりでどうこうできる相手じゃなさそうだしね。

 私のところでもいいわよ…と田辺がにこやかに言った。 亮の叔母さん…かなり自信があるようだ…。 
 自惚れているわけではない…名門倉橋で呪文使いを名乗るからにはそれだけの力量がなければならないということか…。
 業使いの力の度合いは今一把握し難いので、西沢にもどれほどのものかは分からなかったけれど…。






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