徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第一話 海からの招き)

2006-05-05 16:56:20 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 マンションの屋上に集まった人々はまるでこれから雪山にでも登るかというような出で立ちで、持っているものがピッケルじゃなくて天体望遠鏡やカメラであることがかろうじて観測会だということを表していた。

 今夜…待ちに待った流星群が最もよく見えるというので、凍りつくような寒さをものともせず住民たちが続々と屋上へ集まって来ていたのだった。
勿論…こんな場所に集まるのは興味本位の素人ばかりだけれど…。

 西沢も亮とノエルを連れて屋上へきていた。
滝川は写真家仲間と連れ立って、もっとそれらしいところへ撮影に行っている。
 戻ってきたら鼻先で笑うだろう。
街中のマンションの屋上じゃあね…それほどの観測はできませんって…。

 英武や怜雄に借りてきたシュラーフを並べて、三人が寝転がって星を見るにはそこそこの場所を取ることができた。
 今回の天文ショーは肉眼でも結構見えるらしい。
天体望遠鏡なんて洒落た物は持っていないので感度のいい眼だけが頼りだ。

 やがて…はるか天上の星々と闇の間を縫って光の糸が流れ始めた。
流星は不思議な旋律の音楽を奏でるようにひとつまたひとつ闇から出でて闇へと消えた。

 街中のマンションの屋上でも素人なら十分堪能できる。
ひとつふたつ星が流れたのを眼にしただけでも何かしら得した気分になる。
それがいくつも見えるとなれば文句のつけようもない。

 見え始めた端は喜びのあまり声を上げていた人々も、冬の夜空に描かれる神秘的な光景に次第に声を失い、静寂と沈黙の中で繰り広げられる天のイベントに魅了され酔いしれた。
 
 大宇宙の奏でる闇と光の旋律…その中に…西沢は微かにこの小宇宙の気たちのレチタティーボを耳にしたような気がした。

 気が歌っている…?
そう感じる自分が可笑しくて思わず笑みがこぼれた。
 朗々と歌い上げるアリアではないが…まるで会話するように幾つかの気が交互に歌っている。
 時々…合唱なんかもあるような…気がする。
夢を見ているわけじゃなさそうだ…。
思いがけないおまけがついて西沢はひとり心楽しんだ。



 「亮くん! ノエル! 寝てる場合じゃないでしょ。
早く食べないと遅刻するわよ。 もうじき開店時間じゃないの…? 」

 喫茶店ブランカの窓際の席でモーニングをつつきながら…つい…うとうとしていたふたりの耳に悦子の声が響いた。
やべぇ…とふたりは慌ててベーコンエッグを掻っ込んだ。
 喉に絡みつきそうなハニートーストを濃い目のコーヒーで飲み下して、ふたりは半ば舟を漕いでいる西沢に行ってきますと声をかけた。

 西沢は寝ぼけた笑顔で頷いて送り出しはしたが、ふたりがバイトに出かけたとはっきり意識したのはそれからしばらくしてからだった。    

 「西沢さん…そんなに遅くまで起きてたんですか? 」

 起きてたっつうか…寝てないんだね…。
あれから仕事してたから…さ。

 「悦ちゃん…エナジーが歌うのを聴いたことあるかい? 」

 いいえ…と笑いながら悦子は答えた。
なかなかいいもんだよ…僕も初めて聴いたんだけど…。

 また始まった…西沢さんのメルヘン・トーク…。
悦子はノエルたちの食器を片付けながら可笑しそうに相槌を打った。

 「ま…そんなわけで寝そびれた…。 」

西沢はう~んと背伸びをした。

 「濃い目で…お代わり淹れますか? 」

 いつものように悦子が訊くと…ほんのちょっと迷ってから…今日はやめとく…と西沢は答えた。
帰って寝た方がよさそうだ…そう言って笑った。 



 ほんの半時うとうとしたかしないかで西沢は玄関のチャイムに叩き起こされた。
相手は…決まっている…相庭だ…玲人なら勝手に入ってくる…。
 
 「寝てらしたんですか…先生? 」

 相庭は寝癖のままの西沢を見て少しばかり咎めるような視線を向けた。
夕べ寝てないもんで…と言い訳するように西沢は答えた。

 まあ…大目に見ましょう…とでも言いたげな溜息をつくと、相庭はいつものように入っている仕事の予定と内容を伝えた後、本業とはほとんど無関係な依頼をふたつ持ち出した。

 「こちらは…市民講座のパネル・ディスカッション参加依頼です。
紅村先生がコーディネーターをされます。 
『都市の緑化』とかいう内容らしいですけど…。 」

 パネリスト…討論は苦手だな…次元が低いのばれちゃうから…。
だけど…紅村先生じゃ断れないしな…。

 「一応…予定に入れといてください…。 少しは…勉強しとかなきゃ…ね。 」

それから…と相庭は続けた。

 「ちょっと変わった依頼です…。 
TV・A社の番組『アドベンチャー・ワールド』のレポーター。
超古代のロマンとかいう内容ですが…何人かの各界からのレポーターが世界各国に残る超古代の言い伝えに関するレポートを担当します。
 先生は…最近有名になってきた与那国海底遺跡へ飛んでくれということで…。
どうされます…?  」

 海へ潜れってか…。 それもそんなに得意な分野じゃないなぁ…。
泳ぐのは好きだけど…でも…古代遺跡にはちょっと惹かれる…ね。

 「なあに…先生は飾りみたいなもんですからスタッフの指示通りに動いていればいいだけで…それにプロのダイバーがちゃんと指導してくれますよ…。 
 そういやぁ…以前…怜雄さんたちとライセンス取りにどこかへ行ってらしたんじゃなかったですかね…? 」

あるにはあるんだけど…10代の頃の…古い話だからなぁ…。

 「十分…何時間も潜れって話じゃありません。 メインはあくまで遺跡の方…。先生が実際その眼で見たっていうシーンが撮れればいいわけで…遺跡の撮影はプロがやるんですから。 」

そりゃそうだね…。

 「じゃあ…行ってみましょうか…。 その遺跡見てみたいし…。 」

 西沢がまあまあ機嫌よく仕事を引き受けたので、気の変わらないうちにと思ったのか…それじゃあ予定組んでおきます…と相庭は慌てて帰って行った。



 後期試験が終わった後、新学期に向けて『超常現象研究会』の部室の棚を整理していた直行が過去のファイルの中からちょっと意外なものを見つけ出した。
 世界のあちらこちらに残る古代文明の遺跡についてのレポートで、何年か前の先輩が書いたものだった。
 去年はガタガタしていて棚どころじゃなかったからまったく気付かなかったが、よく見ると同好会の趣旨とはまったく無関係のファイルなんかも置き忘れられたままになっていた。

 「いろんな文献を調べてまとめたものらしいんだけど…結構面白いんだよ。 」

 歴史好きな直行は同じような趣味の先輩が過去に居たことを知ってちょっと嬉しそうに言った。
  
 「歴史って言えばさ…紫苑が今…与那国へ行ってるんだ。
何年か前に海底遺跡らしいものが発見されたって場所にレポーター役で…。
 なんかのTV番組の撮影らしいけど…そんな遺跡があるなら実際に見てみたいって気はするね。 」

亮がそう言うと直行は同感だと言いたげに深く頷いた。

 「そうかぁ…いいなぁ…西沢さん。 羨ましいなぁ…。 」

 けど…仕事だからね。 ゆっくりじっくりってわけにはいかないし…好きなようには動けないし…紫苑のことだから…きっとイライラしてると思うよ。
そう言って亮はクスッと笑った。



 亮の予想は当たらずとも遠からずだった。
気遣いが良くて人懐っこい西沢は、ほんの短い旅の間に撮影スタッフと馴染んで、平気で冗談を言い合ったりする仲になっている。
 最初は容姿が好いだけの素人リポーターと偏見を持って迎えたスタッフも、すっかり西沢ワールドに引き込まれてお友達状態だ。

 天候にも恵まれて、仕事はすこぶる順調で、ダイビングの撮影も早々と終わり、帰ってから必要な部分アフレコすればお終い…。
ほっと一息つくところだが…西沢はちょっと不満げに海を見ていた。

 確かに本物を目の当りにした時は感動ものだったけれど…時間と行動に制限があるから遺跡をじっくり観察することはできない…。
 指示された場所で…つまり遺跡に見えるそれらしい場所でひと言ふた言感想めいたことを述べ…すぐ次の場所へ移動…。

 結構…いろいろ見せてもらったけど…本当はもっとひとつひとつを細かく見たいんだよね…一応レポートなんだからさ…。
仕事でそんな我儘言ってちゃいけないんだろうけどなぁ…。

にこにこと笑いながら玲人がお疲れさまでした…と言葉をかけた。

 「玲人…これで僕の仕事は済んだんだろう? 」

 そうっすね…後は帰ってから…まさか…撮り直しはないと思いますが…。 
そう言いながら玲人は手帳をしまった。

 「もう少しゆっくり見たかったなぁ…。 仕方ないけど…さ。 」

 さも残念そうに西沢は言った。
まあ…ここはまだ完全に遺跡と決まったわけじゃない場所ですからねぇ。
 それに番組自体が学術系じゃありませんから…あくまで旅のロマンもの…娯楽番組ですからね。

 玲人は西沢の個人的な興味を封じ込めるように言った。
昔から…その気になると先生は何処へ行っちゃうか分かんないお人だから…。
 ここんとこ何年かは大人しくしておいでだったけど…。
帰ってすぐにまた…別の仕事が待ってんですから…。

 機材を運んでいたスタッフが少し離れたから、紫苑…これ片付いたら打ち上げしようぜ…と声をかけた。
分かった…西沢は笑って手を振った。 

 ふと…船の方を見ると若いスタッフのひとりがぼんやりと海の方を眺めていた。
撮影が終わって感慨に耽っているのかな…とも思えたが…その顔はどこか懐かしいものでも見ているようで…今にも海の中へと引き込まれて行きそうな気配だった。

 あっと思った時には…船から飛び降りて…というよりは海に落ちていた。
西沢と玲人もすぐに飛び込んでその若いスタッフの落ちたあたりに向かった。 

 西沢たちの声と水音を聞きつけた他のスタッフたちが何事かと駆け寄ってきた。
西沢と玲人は落ちた場所からそんなに離れていないところで、ほとんど意識のない青年を見つけ、岸まで引っ張ってきて他のスタッフに引き上げて貰った。

 責任者の金井が青年の頬を軽く叩いて声を掛けると…あまり水も飲んでいないようで…すぐに眼を覚ました。

 「大丈夫か…磯見…。 」

 磯見と呼ばれたその青年は何が起きたのか自分でも分からなかったらしく、金井の顔を見つめながらきょとんとしていた。

 「海に落ちたんだよ…。 紫苑たちが飛び込んで助けに行ってくれたんだぜ。」

 磯見はやっと自分の置かれている状況を理解すると…心配そうに自分を見ている西沢たちに何度も礼を言った。
 疲れのせいで眼を回して落ちたんだろう…とスタッフたちは思った。
なんにしても大事がなくてよかった…と…。
 

 「玲人…気付いたか…? 」

着替えのためにふたりだけになった時…西沢が小声で玲人に訊いた。

 「誘導されてましたね…何かに…。 
懐かしいもの…懐かしい誰か…そんな感じでしたよ…。」

玲人がそう答えた。

 「海…の方から力は来ていた。 そう感じたのだけれど…はっきりとはしない。
少なくとも海の上には何もなかったし…。 」

海の中にあったのかも知れないけど…と西沢は思った。

 西沢も玲人も何処か釈然としないものを感じてはいたが、その後これといったことは何も起こらず、あの磯見という青年にも別に変わった様子は見受けられなかったので、しばらくするとこのハプニングのことはほとんど忘れてしまった。

 翌日…何事もなかったかのようにスタッフたちと握手を交わすと…西沢と玲人は次の仕事の待つ自分たちの町へと戻った。






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