なんか眠れない。いや、眠ろうとしていない。
だからこんな時間に
ブログ世界を渉猟し
ショスタコーヴィチを聴いている。
コンドラシン全集のヴァイオリン協奏曲から始めて、
いまは「交響曲第5番・6番」。
ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団で。
---------- dsch -----------
5番について。
いい加減散々聴いたはずのこの曲が
あらかた新鮮な顔で向こうから迫ってくる。
向こう、とはすなわち
共産国家体制のカーテンの向こう側?
いや、そんなこともないだろうが、
第1楽章の打楽器群が奏でる凶暴な行進曲は
否応なく
引き攣り笑いの興奮と薄ら笑いの戦慄を感じさせたりするのだ。
無責任発言として、
今現在のベスト演奏と勝手に宣言。
---------- 荒唐無稽 -----------
6番について。
この曲は、今までハイティンクしか聴いたことがなかった。
うーん、よくわからぬ曲だな、というか。
序破急を絵に書いたような、ある意味アンバランスな構成。
5番と7番という大曲の間に位置していることの微妙さも。
そして最近接したロジェストヴェンスキー。
月並みかもしれないが、こうにも悲しさを湛えた音楽がラルゴに潜んでいたことを
今さら知ったのだ。
自分は、なぜか縁あって打楽器を叩いてたことがあり
そういう視点で音楽を聴くことはもはや習性だ。
そんな視点で触れるこの演奏のアレグロとプレストは
身悶えするほど美しく強烈。
こんなにエキサイトな曲だったんだね。
別にハイティンクがどうこう言いたい訳じゃないが。
ああむしろ
沈殿してゆくラルゴと
昇空してゆく後半2楽章のアンバランスさは
ある種の不条理さの余韻を残してますます鮮明になっていく。
まさか第6番の深みにはまるとは思わなかった。
だからこんな時間に
ブログ世界を渉猟し
ショスタコーヴィチを聴いている。
コンドラシン全集のヴァイオリン協奏曲から始めて、
いまは「交響曲第5番・6番」。
ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団で。
---------- dsch -----------
5番について。
いい加減散々聴いたはずのこの曲が
あらかた新鮮な顔で向こうから迫ってくる。
向こう、とはすなわち
共産国家体制のカーテンの向こう側?
いや、そんなこともないだろうが、
第1楽章の打楽器群が奏でる凶暴な行進曲は
否応なく
引き攣り笑いの興奮と薄ら笑いの戦慄を感じさせたりするのだ。
無責任発言として、
今現在のベスト演奏と勝手に宣言。
---------- 荒唐無稽 -----------
6番について。
この曲は、今までハイティンクしか聴いたことがなかった。
うーん、よくわからぬ曲だな、というか。
序破急を絵に書いたような、ある意味アンバランスな構成。
5番と7番という大曲の間に位置していることの微妙さも。
そして最近接したロジェストヴェンスキー。
月並みかもしれないが、こうにも悲しさを湛えた音楽がラルゴに潜んでいたことを
今さら知ったのだ。
自分は、なぜか縁あって打楽器を叩いてたことがあり
そういう視点で音楽を聴くことはもはや習性だ。
そんな視点で触れるこの演奏のアレグロとプレストは
身悶えするほど美しく強烈。
こんなにエキサイトな曲だったんだね。
別にハイティンクがどうこう言いたい訳じゃないが。
ああむしろ
沈殿してゆくラルゴと
昇空してゆく後半2楽章のアンバランスさは
ある種の不条理さの余韻を残してますます鮮明になっていく。
まさか第6番の深みにはまるとは思わなかった。
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