猫ばけて女となる
2022.7
ある旗本が、娘の世話をする女性を探した。
そして、谷中の法恩寺の内にある教蔵坊のあっせんで、年増の局(つぼね)を、召し抱えた。
文字もきれいに書き、和歌も少し心得ていた。
物腰も、上品であったので、長年、仕えさせていた。
ある夜、主人が、娘の部屋をのぞいたが、娘は寝ていた。
その局は、独りお歯黒(鉄漿)をつけていたが、口は耳の根まできれて、耳は尖っていた。
これはどうしようか?とは思った。
しかし、もし打ち仕そんじては、まずいことになると思った。
そこで、夜が、明けるのを待って、かの局(つぼね)を呼び出した。
「思う子細があるので、暇をとらせる。」と話した。
すると、
「これは、思いがけないことでございますね。
なんで、このような事を、おっしゃるので、ございますか?」
と大変な恐ろしい顔で答えた。
それで、刀で、いきなり抜き打ちにした。
はたして、その死体は、大きな年ふりた猫であった。
その猫の書いた伊勢物語、その外、草紙なども多く、今に残っているとのことである。
新著聞集より
編者注:
この法恩寺は、1695年(元禄8年)に、墨田区に移った、とある。
すると、この話の成立時期は、江戸幕府の成立した1603年から1695年(元禄8年)の間の、出来事であることになる。
これも、化け猫の物語の一つ。
黒猫の黒焼きで名医となる
2020.1
志怪物(しかいもの)ではないが、面白いので、紹介します。
・・・は、
京都の人で、江戸に流れ着いてきた。
神明町の経師屋吉衛門を介抱して、医師となった。
お茶の水の薪屋の店主の喘息を、黒猫の黒焼きで治し、名医の名を得た。
また、本多内記正勝の家人が、子細があって、切腹しようとした。
自身で刀を腹に突き立てたが、側にいた者が刀を奪い取った。
すると、腸が出て、収まらなかった。
その時、黒猫の黒焼きを背中に貼ると、腸は、腹の中に戻っていった。・・・
2020.1
志怪物(しかいもの)ではないが、面白いので、紹介します。
・・・は、
京都の人で、江戸に流れ着いてきた。
神明町の経師屋吉衛門を介抱して、医師となった。
お茶の水の薪屋の店主の喘息を、黒猫の黒焼きで治し、名医の名を得た。
また、本多内記正勝の家人が、子細があって、切腹しようとした。
自身で刀を腹に突き立てたが、側にいた者が刀を奪い取った。
すると、腸が出て、収まらなかった。
その時、黒猫の黒焼きを背中に貼ると、腸は、腹の中に戻っていった。・・・
「史籍集覧 渡辺幸庵対話」より
編者注:江戸時代には、各種の黒焼きが、薬として用いられて来ました。
特に、動物の黒焼きには面白いものがあります。
これは、その用例の一つです。
夜に胸を押さえる化け猫
2020.1.8
「醍醐随筆」(江戸前期)より
美作の国の武士の家に、十五六歳の嫡男がいた。
寝室に入って寝たが、夜半過ぎの頃、必ずものに襲われて、うめくので、人が行って見るの、と何もいなかった。
「何が起こったのか?」と聞くと、醜くて憎げな老人が来て、
2020.1.8
「醍醐随筆」(江戸前期)より
美作の国の武士の家に、十五六歳の嫡男がいた。
寝室に入って寝たが、夜半過ぎの頃、必ずものに襲われて、うめくので、人が行って見るの、と何もいなかった。
「何が起こったのか?」と聞くと、醜くて憎げな老人が来て、
上より胸のあたりを押さえられ、手足がなえて、言葉を出せなかったと言う。
二三人のものを添わせて寝せると、何も起こらなかった。
独り寝すると、必ず襲われた。
父親は、
「お前は、もう十五六歳になっている。
このように情け無く臆病であったら、我が家を継がせる事は出来ない。
出家せよ。」と怒って言った。
彼の男児は、この言葉を聞いて、恥ずかしく思い、くやし涙を流した。
その夜は、人を入れず、ただ一人、また戸を閉めず、灯火もつけず、横になった。
何であれ、今日は逃さないと、匕首を抜いて、手に持ちながら、布団を被って、寝ないで待ちかまえた。
夜半の頃、だるく、ぼーっとしてきて、眠くなってきたが、我慢した。
すると、例の老人が、いつもの通り胸を押さえようとしたので、匕首をもってひしと切りつけた。
切りつけてから、従者を呼んだが、手に手に明かりのロウソクを持って来た。
血が流れて、部屋中にあふれていた。
血の流れて来た先を尋ねると、屏風の後ろに、大きな犬程の猫が、倒れていた。
肩より腰まで、二つに切られて死んでいた。
猫も、よく化けて、人を惑わすものである。
二三人のものを添わせて寝せると、何も起こらなかった。
独り寝すると、必ず襲われた。
父親は、
「お前は、もう十五六歳になっている。
このように情け無く臆病であったら、我が家を継がせる事は出来ない。
出家せよ。」と怒って言った。
彼の男児は、この言葉を聞いて、恥ずかしく思い、くやし涙を流した。
その夜は、人を入れず、ただ一人、また戸を閉めず、灯火もつけず、横になった。
何であれ、今日は逃さないと、匕首を抜いて、手に持ちながら、布団を被って、寝ないで待ちかまえた。
夜半の頃、だるく、ぼーっとしてきて、眠くなってきたが、我慢した。
すると、例の老人が、いつもの通り胸を押さえようとしたので、匕首をもってひしと切りつけた。
切りつけてから、従者を呼んだが、手に手に明かりのロウソクを持って来た。
血が流れて、部屋中にあふれていた。
血の流れて来た先を尋ねると、屏風の後ろに、大きな犬程の猫が、倒れていた。
肩より腰まで、二つに切られて死んでいた。
猫も、よく化けて、人を惑わすものである。