新説百物語巻之三 5、僧天狗となりし事
坊さんが天狗になったこと
江州(ごいうしゅう:滋賀県)に智源と言う僧がいた。
又、その所へ毎日毎日話に来る二十三歳の若い僧の光党と言う者あいた。
この光党が、ある時、智源にこう言った。
「長年仲良くしていただいて、残念なことですが、愚僧には少々の望みがありまして遠い国へ行くことになりました。
ただ今までのよしみに、何であれ御のぞみの品があれば、うけ給まわりましょう。」といった。
智源がいうには、
「年もとっていますし、出家の身ですから、特別にほしいものはありません。
若い時より、あちこちの神社仏閣をおがみめぐりましたが、まだ拝み残した遠い国の仏様や神様があります。
一生の内に、多くの神仏をおがみ残した事は、残念なことです。」と言った。
その時光党がいった。
「それこそ、簡単な事です。御望みの所を、みなみなおがませ致しましょう。
私の、背中につかまって下さい。
決して、動いている内には目を開けないで下さい。
着いた先で、背中よりおろした時に目を開けて下さい。」と約束させた。
そのまま、背中の背負われて出で行った。
智源の望みに任せ、先づ都の神社仏閣の他、名所を見めぐり、伯耆の大山、讃岐の金毘羅、秋葉山、大峯、富士山など、おおよそ名のある高山を見めぐった。
始め江州を出た時に、光党の背に背負われたと思えば、たださあさあとなる音ばかりが聞こえた。あまりに不思議に思い、そつと目をほそめに開ければ海の上を一町(上空110m位)ばかりも高く飛んでいた。
あまりの事の恐ろしさに、その後は目を開けず、所々にて地に下ろされれば、目を開けた。
食事等は、何処でも食べられたが、誰もとがめるものもなく、自由な事であった。
諸方を巡って、二日めの夕方、我が寺の庭に、我知らず立っていた。
その後、四五日過ぎて、又々光党が来て、
「御望みの所々をおがまれて、本望な事でしょう。
しかし、他の者であったら、海の上で目を開けた時に、引き裂き殺すべき所でした。
しかし、あなた様であったので、許しましたよ。」
と言ったので、智源は、いよいよ肝をつぶした。
光党は、暇乞いをして出で行った。
「この後、火災などがあれば、前もっと知らせて置きましょう。」と言った。
この智源は、今も生きているとのことである。