「動物界霊異誌」中の蝦蟇(ガマがえる) その3
猫を溶液にする 猫を溶かす
猫を溶かす蝦蟇の妖力
石見国(島根県)大田町の南接地たる久利村に屋号を「柿の木」と言う農家がある。
或る日、主人は家人と談話中、庭前の柿の老木に隣家の方より一匹の猫が出てきて駆け上り、枝の上に立って、背を高くして下方をにらんでいた。
その様子は、敵を待つものの如くであった。
しかし、下には何物も追尾して来ないが、猫は依然として樹上で背を曲げ、四足は伸ばし得るだけ伸ばして、力み返っていた。
やがて猫の身から、灰色をした液汁が出てきて、際限なく滴下して地面へたまり、たまったのが蝋の如くに固まった。
その大きさは、大皿を伏せたようであった。
その中に猫は次第に姿勢が緩み出し、終にはグタンと力がぬけて体も目に立ちて痩せ細り、最後には樹上より地面に墜ちてしまって、動かぬこと死んだようであった。
しばらく経つと、何所からか大きい蝦蟇墓が一匹はい出して来た。
かの蝋様のものの周囲をまわりながら、土砂を掻きよせてこれを埋め、その傍にうづくまっていた。
やがて不潔な土団子のようなものが、ムクムクと生え出して来た。
その物には臭気があると見へ、四方から蒼蝿がよって来るのを、蝦蟇は巧みに一匹ずつ捉え、四五十匹にも及んでから、悠々として立去った。
後に人々は出て見るに、猫は骨と皮ばかりになっていたと言う。
猫は気の強い動物であるのに、それを気負けさす蝦蟇の精神力には驚くの外はない。
蝦蟇が猫を殺したのは便宜的な事であって、目的は蝿を捕へて喰うのにあったのである。
猫の肉脂が液状になるのは化学的作用であるが、蝦蟇は唯その一念を射出しただけで希望を遂げたのである。
このことを実際に見た者は、美濃嘉七と云う、今は故人の刄物鍛冶である。