新説百物語巻之一の9.見せふ見せふといふ化物の事 2020.4
近い頃、醒ヶ井通(さめがいどおり:京都府の通り)に、書物屋の利助と言う者がいた。
常に、大坂より奈良に通って仕事をしていた。
ある年の事であったが、長いこと患っていて、田舎の方には行かなかった。 しかし、病が癒えて、また例年のように大阪に行き、商売をし、京や大坂で出版された書物を荷造りして宛先に送り、本人は一人で奈良へ下った。
用事があって、ことの外に遅く宿屋を出ていったので、道の途中で日が暮れた。
奈良街道に、人家から離れた三味(さんまい:墓所)があった。
一人旅であったので、何となく心細く思いながら、その傍らを通ったが、その夜は空も曇っていて、星も見えなかった。
11月の初めの頃であったので、野辺を吹く風も身にしみて、とぼとぼと歩いて行った。
一町(約110m)ばかりの向こうを見れば、狐火とも見えず、又は提灯とも見えぬ火の光が、ふらふらとやって来た。
次第次第に近づいて来て、何やら女の泣く声の様に聞こえた。
それで、道脇にあった大石塔の陰に身を潜め様子をうかがっていた。
しばらくして、彼の火は次第に近づいて来た。
それを見れば、髪を乱した女の首であった。
歯にはお歯黒を付けて、胴はなくて、首だけが地面より一尺ばかり上に浮かんでいた。
風が吹くように飛んで行ったが、もの悲しい声で、「見せふ見せふ」とばかり、言いながら過ぎて行った。
それが物を言う度に、口よりクワックワッと火の光が出てきた。
四五間(7~9m)ばかり動くのを、見おくっていたが、その後は、かの利介は目をまわして、気絶してしまった。
夜明け前に、やっと正気になり、道を急いで奈良にたどり来た。
宿の亭主に、化け物を見たとの物語りをした。
その時はいまだに、その震えは、止まらなかったそうであった。