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マッチ棒がトイレで用を足していると、扉の素通りする物音と「おかえなさい」という言葉が聴こえて来た。マッチ棒はパブ改め、宮古のバーのママがもどって来たと思い、急いでチャックを閉め手を洗い服装を整えトイレからカウンターにもどった。
「こんばんは」
「いらっしゃい、ええとー」
「町野さんです、今日、釜石に行ってきたんだって」
「カオリママです」
「初めまして、町野です」
「何もなかったでしょ?」
「いいえ」
「大観音見て来たんだって」
白系のスーツにまとったエリコとは対照的に、黒のダウンジャケットを羽織り、体格は小太りで黒の髪の毛にパーマがかかり、中年の容姿とボスの貫禄。そして”トラック野郎”シリーズで”愛川欽也”の妻役を演じた”春川ますみ”似の日本のお母さんが入り混じり、そこにダークな感じも入り混じり、ダークな女は一緒いたエリコだった。
「ママのタイプでしょ」
「タイプだわー」
「お土産いただきましたー」
エリコはマッチ棒が釜石大観音で買ったお土産の紙袋を持ち上げカオリママに見せると、マッチ棒は「中にお菓子が入ってますから」と一言。
「あら、気をつかっていただいて、あとで頂きますから」と、一言返し、ジャケットを着たままエリコと二人でカウンターの前に立った。
店は閉店し、マッチ棒と3人で飲み始めた店内で、マッチ棒は池袋の妹さんに会ってここに訪れたことを改めて話した。
「妹はあそこじゃ、ユミコと呼んでいるようだけど、しばらく会ってなくてねー」
「それまであたしら、名古屋に居たのよ」
「母と別れた父が亡くなってねー。それで残した住居と、ここにお店を開いてね」
「前の旦那がフィリピン人集めて、ここを改装してショーパブ始めた頃に」
「妹も商売始めたいって言うから、その時ちょっと会ったぐらい」
「それから、お客さんが来なくてねー」
「それだけじゃないよ」
エリコが店のことをかばうようなことを言い始めた。
「ここ二階でしょ」
「それで、二階で営業してると下から苦情があって」
「フィリピンから3人入って、わたし入れて四人」
「時間制で、間にちょっとしたショータイム入れると下に響いてね」
「けっこう揉めたの」
再びカオリママが語りだした。
「あとは、前の旦那とフィリピン人が出て行って」
「その前から、あちこちでいろいろやったわ」
「ダイアルQ2がこれから儲かるとか、ウンタラカンタラって」
「まーバカみたいに、いろいろなこと言い出してね…」
「名古屋では何かやってたんですか?」
「キャバレー」
「この子ダンサーなのよ、ポールダンス?知ってる?」
マッチ棒は名古屋でのことを聞くと、以前、エリコはキャバレーでポールダンスを踊っていて、そこでカオリママは受付をやっていて、その後に宮古へエリコとともに引っ越して来たという事情を聞いた。
「エリコ、今夜、踊って見せようか」
そういうと、エリコがカウンターから使われなくなったステージの方へ歩きだし、その後方に引かれていたカーテンを開くと中央にポールダンス用のポールが銀色に光り、天井から縦に繋がっていた。
マッチ棒は銀色に光るポールに緊張感を覚え、ぬるくなったお湯割りを飲むと、再び尿意を感じトイレの方へ誘導された。トイレから戻るとエリコはおらず、カオリママだけがカウンターの前に立っていた。
「今、着替えに行ってるから、エリコ」
エリコがポールダンスを踊るために着替えている最中、マッチ棒は『池袋のファッションヘルスであったことを話すべきか?』迷っていた。その迷いを打ち消すようにカオリママは、これまでいくつもの商売でうまくいかなかったことを数珠繋ぎのように話し、マッチ棒のことをふる様子にならなかった。
「今年、三陸博があるのよ」
「三陸博ですかー」
博覧会バブルは大河ドラマ”独眼竜政宗”が放送された1987年に”東北博”をきっかけに各地で博覧会バブルが起き、宮古市では今年、”JAPAN EXPO”主催の三陸博が7月から行われる予定地となっていた。政宗ブームと東北博ブーム。バブル経済の後押しと博覧会バブル。売上税導入騒動から始まり、消費税の導入。宮城県知事と仙台市長のゼネコン汚職。『その諸悪の根幹は政宗にあるのでは?』と、二重三重に不快不信に思ってはいたが、宮古で行われるイベントを心待ちにしているカオリママたちの様子を伺うと、ブラックジョークにさえ、口にはしなかった。
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