『ヨミガエルガール・ジャスティス』① OUT OF LIMITS
僕はルクス。本名は江川笑顔。飛んだキラキラネームで生まれちまった。江川ルクス。そっちにしてほしかった。「おい、笑顔」「おい、江川」僕の方が聴き間違える。笑顔なのか、江川なのか「いや、ルクスだぞ」それで押し通し「ルクス」でハイスクールまで卒業した。
僕の住んでるところは城下町。花見城跡周辺が整備され、今はキャッスルパークランドと呼ばれている。
ホテルがあったり、商店街があったり、一応のことは揃っている。
僕はここの花見工芸ハイスクールを今年卒業した。
カレッジへの進学も希望したが、コロナ過で進学は見送った。観光客目当ての町なのでみんなどこも厳しい状態だ。『やめられないとまらないアマビエえびせん』を観光土産にしようとしたが不発だった。ここに住む僕は浪人生活を選んだ。
ここが僕の家だ。そしておかんと暮らしてる。おとんは早くに死んだ。我が家は『やめられないとまらないアマビエえびせん』を作るかたわら、下宿屋を営んでる。ようするに学生アパート経営だ。
ここにあのベーコという女が入居した。本当のところ僕が強引に入居させたのだ。
実は、僕にはもうひとつの顔があった。
それはスーパースターレインジ。
ヒーローではない。スーパースターとして正義を貫いてるのだ。
町にはごろつきどもがいる。あの晩、竹林に盗みを働く悪質なトロールと立ち向かったが、トロールは逃げて行った後だった。
僕はスーツから着替えて家に戻ろうとしたときに、見かけないバイクに乗ったグラマーな女性が横切って走って行った。
「おい!どこへ向かう!その先にトロールがいるぞ!」
僕はその後を追いかけた。
竹林に入ると、彼女はバイクから降りて周りを見渡しながら何かモゾモゾとしている時だった。
「おい!トロールだ!逃げるんだ!」
僕の呼び声にも気づかずに襲いかかられたのだ。そして彼女は気を失った。トロールは彼女の衣服から持ち物やら奪い獲って去った。会心の一撃をくらった彼女は即死状態にも思えた。
何か光るものが見えた時だった。二十歳は過ぎているだろうと思うような大人びた彼女が、十代の少女のような身体になってうずくまっていたのだ。
それまでのことがまるで嘘のように感じた。
ガサガサ‥‥‥
「誰?」
「さしわ利休の茶は、天下一よなーー。惜しい者を殺した。じゃが死んでも利休は天下一のわしの師匠よ。死なんでもよいに、好んで死にやがった。わしのほうが恨んであの世に化けて出たいぐらいじゃ」
「古田織部。おまえは、泣きたいとき笑い顔になるようじゃな。わしは知っておる。淀で利休を見おくったとな。わしはまあ、あっぱれと思ったな。すこし気に入らんことではあるがな。何か言わんか‥‥‥」
「では、利休居士が非を賜ったわけは?」
「利休は不埒(ふらち)であったそうな」
「不埒(ふらち)」
「そうよ。世間で噂がたかろうが利休の不埒の数々」
「噂ではわかりかね申す。殿下に直に伺えば、納得のいくことでござる」
「納得はいかんではよかろ‥‥‥もっと噂があろ?」
「言うに憚り(はばかり)がございますが‥‥‥」
「利休の娘、お銀のことか。あれは、胸があつーて尻のどっしりしまった娘であったわ。これならわしの子種が業ぎょうに育つ畑と思うた。だが、利休はわしに肘鉄をくらわしおった。天下のことはこの秀吉がやる。織部?工夫がいるぞ工夫が。利休を超えてみろ。よいな‥‥‥」
「カット!!」
「次の準備に取り掛かりまーす」
「はーい。おつかれさーん」
「MJさん。迫真の演技でしたよ」
「はーい。MJューバーバンバンいくよー」
「ちょっと宣伝コメント撮りますんで、ひとことお願いします。MJさん」
「はーい」
「キミの自由は僕の自由。ネットMJX。見てねーー。もうオバサンだから」
「OK--」
「秀吉は一途な男が嫌いだっち」
「だからといって利休を殺すのはあんまりじゃないですか」
「ところでクスはどうしてるだっち?ハイスクールを出たら破産したとか聞いただっちよ」
「家がなくなったんで、空き部屋みつけて住んでるよ。そこから仕事に通ってる」
「ヤッホー」
「誰だっち?」
「花工の新入生」
「お邪魔かしら?」
「うんうん。どうした?」
「入学式、これでいいのって思って」
「ああ、紹介するよ。こちらはバイトの先輩の曼陀羅ダラ男さん」
「よろしくだっち」
「はじめましてベーコです」
「うちの下宿生なんだ」
「そうだっちか。汚い部屋だっちだろ?」
「汚な過ぎてビックリしました」
「おい。言葉つつしめ」
「わっちもあの部屋にいたんだっちよ」
「へー。じゃ、花工に通ってたんですか?」
「わっちは花見土木ハイスクールだっち」
「へえーー。どんなことを教わるんですか?」
「徳川埋蔵金を探し続けるだっち」
「おい。うそ教えるなよ。そろそろバイトが始まるから部屋に戻ってろ」
「ルクス殿はいつ戻るのじゃ?戻るときはわたしも屋敷に連れて行け」
「撮影の邪魔だからウロウロするなよ」
「廊下で待っててくれ。向かいにくるから。きっとだぞ」
「生意気な」
「はーい。おまたせーー」
「わお!!」
「驚いただっち!」
「撮影入りまーす。Cの51から」
「照明さーん。音声さーん。」
「MJさんはこちらから‥‥‥」
「はーい」
「準備OKでーす。」
「音声OKでーす」
「キミたちOK?」
「はい」
「はいだっち」
「それでは、よういタッ!」
「先ほどのおなごは?」
「驚くなー。前田利家の娘、豪姫」
「豪姫だっちか!」
「わしは今日殿下に呼ばれて茶道を命じられた」
「ほおーー。しかし天下一の茶道になったというに、おぬし、ひどく元気がないだっちなーー」
「利休を超えてみろ。そう言われたんじゃ‥‥‥」
「なんだっち!利休をだっちか!それはいかんだっち!!」
「‥‥‥」
「まあ、おぬしもこれからは、あまり強情をはらぬことだっち」
「ここを開けよ手がふさがっておる」
「なんだっち!」
「これはこれは殿下殿だっちか」
「今日は飲ませてもらう」
「蒲生氏郷でござりまする」
「よう氏郷。会津からよう来た」
「へえーへえーだっち‥‥‥」
「カット!!」
「はーい。おつかれさーん」
「おまたせ」
「何の用事なんだ」
「ルクスさんにお礼を言いたかったから」
「トロールからスマホ取り戻せたんだってなーー」
「まあね」
「トロール殺しの犯人を警察が探してるぜ」
「じゃー。わたしすぐ捕まるじゃん」
「ルリさんはエンタシスマンで‥‥‥」
「コスプレヒーローマニア」
「正確にはエンタシスウーマンか。以前から遭遇したことがあって、こないだ初めて告げられたんだ」
「ふーん。で?」
「僕のもうひとつの顔も知りたくないか?」
「どんな?」
「トロールを倒した姿で今晩駅前で集合だ。お礼はそれで」
「いいわよ」
ベーコはコスチュームを着て駅前に現れていた。
「急ぐんだ」
「何そのスーツ」
「スーパースターレインジスーツとヘルメット」
「その乗り物は?」
「レインジホッピングさ」
「どこ行くの?」
「まあ、ついてきな」
「この先に悪党どものアジトがあるのさ」
「悪党?」
「トロールが盗んだ品々を集めては換金しては転売しているグループ」
「大丈夫なの?」
「僕は正義を貫くスーパースターなんだ。今日こそ悪党どもを打ちのめす」
「ねえ、何回目?打ちのめされたの?」
「かれこれ4,5回。骨折が4回」
「残りの1回は?」
「逃げた」
「また来たのか!」
「僕は正義を貫くんだ!」
「おまえのおかげで包帯とギブスがよく売れる」
「ボス。メルカリに出品しておきましょうか」
「今日の売り上げは倍だな」
「そうはさせないわ。行きましょう」
「メルカリ、カモンベイビー」
「ゴー!!」
「正義を貫く!」
ベーコは猛突進で悪党どもにむかって行った。
僕も今まで以上のパワーがみなぎった。これまでここで何度、骨折してメルカリの包帯とギブスを使ったんだ。今日こそは、そうはさせない。
ベーコが敵に囲まれている。が、次々と敵の攻撃を交わしている。
「ほーら後頭部が見えてるぜ。レインジ」
「レインジ後ろ!」
「ヤーー!!」
「アギャーー!!」
「ボ、ボスが!」
「小娘?貴様何者だ!」
「ねえ?なんて言ったらいいの?」
「考えてないのか?」
「レインジガール?」
「だめだそれは僕の専売特許だから」
「うーんもう。適当にあとでつけてーー」
「適当に考えておくよ」
「適当は嫌や」
ベーコはまだヒーローでもスーパースターでもなかったのだ。しかし、洗練された武闘家であったことは間違いなかった。将来が楽しみだ。どれだけ僕たちは正義を貫くことができるんだろうか。
「悪党が集めていた盗品だわ」
「あ、『やめられないとまらないアマビエえびせん』がこんなに沢山。クッソいつのまにやられてたんだーー」
「メルカリで10円でも落ちてない」
「クッソ!!悪党め!」
『ヨミガエルガール・ジャスティス』➂Canon x Love S.O.S.