【台北=矢板明夫】台湾が自主開発した新型コロナウイルスワクチンの緊急使用を許可し、8月から接種を始める。これまでワクチン調達に困難を抱えてきたが、蔡英文政権はこれで感染拡大の抑え込みを急ぐ構えだ。ただ、野党の中国国民党などは「審査が不十分」などと批判。自主開発ワクチンは政争の具にもなりつつある。
台北市から自動車で南へ約1時間。ワクチンを開発した高端疫苗生物製剤(メディゲン・ワクチン・バイオロジクス)は台湾最大のバイオ医療産業の拠点、新竹生物医学園区内にある。
「ワクチン製造現場は厳しく管理され、来訪者はここまでしかいけません」
同社の工場管理部門責任者、謝和儒氏は製造エリア前に止まり、ガラス壁の向こうで忙しくする作業員を指さしながら説明した。2012年に創業した同社の社屋は新しく、製造現場の温度、殺菌などはすべて自動管理されている。
同社は一昨年まで台湾や東南アジアなどで流行するエンテロウイルス感染症のワクチンなどの開発に力を入れてきた。欧米企業がほぼ独占するインフルエンザワクチン市場を避け、アジアに強い企業を目指していた。
同社は昨年1月、中国で新型コロナ流行が始まるとすぐにワクチン開発に着手。米国立衛生研究所の技術協力も得た。台湾は03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行で深刻な被害を受けており、官民ともワクチン開発の重要性を理解していた。蔡総統も昨年2月に同社を視察し、「自前のワクチンが必要だ」と激励していた。
台湾では今年5月から感染が拡大。当局は昨年から今年にかけ、欧米のワクチンメーカーに計約7000万回分を注文していたが、中国の妨害や生産の遅れなどでなかなか納品されず、人口約2300万人に対し、26日現在で届いたのは約890万回分にとどまる。このため当局は高端製ワクチンの実用化を急いだ。本来必要な第3段階の臨床試験を省き、第2段階終了後にウイルスの働きを抑える「中和抗体」などの状況を既存のワクチン接種者と比較する新しい審査方法を採用。英アストラゼネカ製と比べて安全性と感染予防効果が「同等以上」との結論が出て、専門家会合では圧倒的多数で緊急使用が認められた。
総統府は26日までに蔡氏と頼清徳副総統が「台湾製ワクチンを接種する予定」と発表するなど、市民の不安払拭を図る。与党の民主進歩党関係者によると、台湾で危機を乗り切った後は、台湾と外交関係を持ち、中国がワクチン外交で揺さぶりをかけるパラグアイなどに台湾製ワクチンを提供する可能性もあるという。産経新聞