清左衛門たちが店に帰ると、丁稚が竹箒で店の前の石畳を、手代たちは土間の格子戸や板敷の床の掃除をしいていた。
「お帰りなさいませ、お帰りなさいませ」
奉公人たちは清左衛門の姿を見ると元気な声で叫んだ。
「おはよう、おはよう」
清左衛門は、奉公人一人ひとりの顔色を確かめると店に入り、いつものように帳場に座って売上帳に目を通していると
「旦那さま、奉公人たちが全員そろいました」
と、辰吉が呼びに来た。
清左衛門が暖簾をくぐって台所の板の間に入ると、奉公人たちがコの字に並べられた箱膳を前にして、当主の清左衛門と辰吉が席に着くのを待っていた。
この港町の大店では、丁稚が主人と朝食の膳を共にする習慣は殆どなかった。
しかし、彦左衛門が当主の座につくと、真っ先に、朝食の膳を奉公人と共にするよう改めた。
清左衛門も彦左衛門の改めた慣わしを引き継いでいた。
「おはようございます。」
清左衛門が席に着くと、奉公人たちは一斉に”おはようございます”と口をそろえて言った。
「おはよう、……」
清左衛門は奉公人を見渡すと簡単な訓示を行った。
そして、次に辰吉が立ち、今日、一日の仕事の段取りについて話した。
「北国に商いに行っていた美保丸が、今日か明日の昼の内には帰ってきそうだ。美保丸が着くと、荷揚から物資の仕分け、蔵への運び込みななどで戦場のような忙しさになると思う。いつ帰ってきてもいいように昼の内までには、受け入れの段取りを整えておきたいと思う……」
美保丸が帰ってくる。
薄々は知らされていた奉公人たちも、辰吉の一言で色めき立った。
奉公人たちは早々に朝食を切りあげると、達吉の指示の下、美保丸の帰港に備えた準備を始めた。
ようやく受け入れ準備も整い、奉公人たちがくつろいでいた昼過ぎのこと。
突然、灰色の雲が西の空から湧き出した。
雲は大粒の雨と雷鳴を轟かせ、瞬く間に、中海から弓ヶ浜半島そして美保湾の上空に迫ると、関の港を鉛の絨毯を敷きつめたような雲で覆い、突風とともに関の港町に襲いかかってきた。
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