次の日も朝から青空が広がり、初夏を思わせるような強い日差しが降り注ぐ中を、村人は観音様が祀られている小さなお堂の前に集まった。
義助は村人の不安そうな表情に戸惑いながらも、ひとり一人の顔を確かめると、意を決したように話しはじめた。
「みんな、今年は梅雨に入っても一滴の水も降らず、今もって田植えが出来ない状況が続いている。このまま日照りが続けば、秋になっても一粒のコメも収穫できなくなり、村は大飢饉に陥りかねない。そこで、村の主だった者に昨日の夜に集まってもらい、どうしたらこの干ばつを乗り切ることができるか話し合った。
しかし、これといった妙案も浮かばず、苦渋の選択として大野池から水を引いてはどうかという事になった。みんなは大野池から水を引くことに抵抗や不安心配もあると思うが、これ以外に村の窮状を救う方策は見出せなかった。わしは村主として命を賭してでもこの工事をやり遂げたいと思う、みんなの意見を聞かせてもらいたい」
この義助の提案に、村人は首を垂れて黙り込み、誰一人として物を言う者もなく長い沈黙が続いて重い空気につつまれた。
誠輝はこの様子を後ろの方から見ている内に、いてもたっても居られない気持ちに駆りたてられ、蛮勇を奮いたたせて沈黙を打ち破った。
「村主さん、僕たち兄妹は幼い頃から村の人々に助けられここまで育てていただきました。僕たちが村のお役に立てる事があるなら、どんなに苦しくて危険な仕事でも命がけでやります」
この誠輝の言葉に勇気づけられたかのように、村人は一人また一人と首をもたげはじめると、一人の若者が意を決したように義助の傍に歩みより村人に向かって言った。
「みなさん、先哲たちも成しえなかったこの困難な仕事、我々で成就させようではありませんか」
そして、村人を鼓舞するように拳を天に突き上げ賛同を求めると、若者に触発されるように村人の顔にはみるみる精気が蘇えり
「私も・僕も・俺も・・・」
と、同調する者がしだいに多くなり大勢が決しようとしかかった、その時、一人の男が遠慮がちに手を上げた。
「村主さん、田植えの時期は過ぎようとしています。今頃になって工事をはじめて田植えが出来ると思いますか」と冷ややかに言った。
この一言にそれまでの熱気は、冷や水でも浴びせかけられたように一瞬にして覚めて静まりかえってしまった。
すると義助はそんなことは百も承知していると言わんばかりに、その男に向かって言った。
「たしかにお前の言うように間に合わないかもしれん。しかし、今、この苦境を避けていては永遠に村を救う手立てを失い、村は崩壊してしまうだろう。何もせずに村の崩壊を待つより、先哲たちの意を継いで工事を完成させれば奇跡が起こらないとも限らない。
この工事に村の存亡がかかっているのだ。これを成し遂げることがわしらの子々孫々に対しての天命なのだ。わしは一人になってもやり遂げる覚悟じゃ!」
義助の形相は鬼のように険しく、一身を投げだしてでもやり遂げようとする並々ならぬ心情は、村人の心に楔のように突き刺さり固い絆はさらに深まっていった。