仁翔が薄汚れた衣の袖から針金のようにやせ細った腕を伸ばし、傍らに置いてあった小枝を手に取り“ポキリ、ポキリ”折って囲炉裏にくべると、辺りに“ぼんのり”とした温かい灯が戻り二人を照らした。
そして仁翔は黙り込んだまま囲炉裏を見つめていた、勇翔を諭すように静かな口調で話し始めた。
「わしがこの洞窟に住むようになって、もう、かれこれ七十年なる。若いころは、里に下りては、村人をからかい、いたずらし、驚かせたこともあった。
そのため村人からは、嫌われ、恐れられることもあった。しかし、わしは、身を隠しては里に下りて、人々を見守り、村人の平穏な暮らしを祈ってきた」
そこまで言うと、仁翔は、また小枝を取って囲炉裏にくべて話を続けた。
「自然の摂理というものは、わしの長い経験や知識を持ってしても、想定外の事態が起こるものだということを身に沁みて知らされた。
自然を甘く見たわしの負けじゃ。そのため、冬の備えも間に合わず、お前にはひもじい思いをさせてしまった。
わしは老いて、もういくばくも生きられぬと思う。勇翔、お前は、まだ若い、僅かな食料しか残っていないが、何としてもこの試練を乗り越え、わしの志を継ぎ、里の人たちの平穏な暮らしを見守るのだ!」
仁翔の言葉には、即身成仏の悟りでも開眼したかのような、穏やかで深みに満ちた響きがあった。
うつむいたまま、黙って仁翔の話を聞いていた、勇翔の眼からは大粒の涙が滝のように流れ落ち囲炉裏を濡らした。
「おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃんがそんなことを言ったら、僕だって生きていけないよ!」
勇翔が声を詰まらせ、仁翔の薄い胸板にすがりつくように泣き崩れると、仁翔は勇翔の肩を、やさしく包み込むように抱きしめてたしなめた。
その夜、勇翔は寝床に入ってもまんじりともせず、どうしてこの苦悩と試練をのり越え、恩義ある仁翔の命を守ろうかと頭を巡らしている中に朝を迎えてしまった。