カランコロン、カランコロン、静かな青石畳通りの敷石を、リズムでも奏でるようにわざとらしく弾く下駄の音が近づいて清左衛門の着物の裾を揺らした。
「お父さま、お母さまが朝餉の準備ができましたよって」
清左衛門が振り向くと、六歳になる舞が、フランス人形のような大きな瞳を輝かせ、頬を赤く染めた二歳になったばかりの雛と手をつないですがりついてきた。
清左衛門は雛の手を取って両脇を抱えると”たかいたかい、たかいたかい”をするような仕草で肩にのせ、小さく柔らかな足首を淡雪でも包み込むように優しく支えた。
そして、舞の清左衛門の腰のあたりまでしかない体を、着物の裾に包む込むようにして明るくなっていく美保湾を眺めた。
天使のように無邪気にはしゃぐ雛の爽やかな重さを肩にか感じながら、清左衛門は銀線ような光が降り注ぎ、魚鱗のように輝く沖合に目をやり幸福感に慕った。
そんな清左衛門の姿を見つめる辰吉の目に涙が浮かんでいた。
「旦那さま、そろそろ店に帰りましょうか?」
清左衛門は辰吉に促されると、一瞬の夢から覚めたかのような顔をして、雛を肩車し、左右に揺らしながら歩き出した。
町の商店が軒を連ねる青石畳通りまで帰ってきたとき、清左衛門の下駄の歯が敷石の割れ目に挟まり、プッと鼻緒が切れた。
清左衛門はバランスを失い、雛を肩車したまま敷石にもんどりうって倒れそうになった。
「危ない!」
清左衛門が前のめりになって倒れそうになったわずかな隙間に、辰吉は仰向けになりながら咄嗟に身を投げ出した。
間一髪、清左衛門は雛を支えたまま、辰吉の体の上におおいかぶさるように倒れ込んだ。
「旦那さま、旦那さま、お怪我は、お怪我はありませんか。お嬢さまは」
辰吉は清左衛門と雛の下敷きのなりながらも、わずかに首をもたげ呻くように叫んだ。
舞も咄嗟の出来事に放心状態になって、その場にしゃがみ込んでしまった。
「お父さま、お父さま、雛、雛、だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
舞は、泣きじゃくりながら震える声で叫んだ。
清左衛門が雛を支えながら立ち上がると、辰吉も着物の裾を払いながら立ち上がり、清左衛門の手から雛を受け取った。
辰吉に抱かれた雛は、あまりの出来事に声を出すこともできず体をこわばらせ震えていたが、幸いどこにも怪我は負ってはいなかった。
「辰吉、ありがとう。お前がいなかったら雛に大怪我を負わせるところだった」
「旦那さま、雛お嬢さまも、怪我がなくて本当に幸いでした」
辰吉の言葉に清左衛門は、息を整えながら静かにうなずいた。
清左衛門は着物の土を払い、この事は店の者は無論のこと妻の糸にも話さないようにと固く口止めをした。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます