透き通るような日差しが燦々と白銀の世界に降り注いで、誠輝と礼香の目の前に神秘的な情景が広がり、真空地帯にでも迷い込んでしまったような感覚に襲われ呆然と立ちすくんだ。
しばらくたって、ようやく我に返った二人が、眼前に広がる大野池の岸辺へと下りて行くと、池には白く氷が張り、まわりは深い雪に覆われていた。
「お兄ちゃん、椿、どこにも見えないじゃない」
「そうだネー・・・・」
礼香が“じ~っと”自分の顔を見ているのに気づくと、誠輝は具合悪そうにそっと視線をそらした。
それでも誠輝は、何とか寒椿を見つけようと眼を凝らして、覗き込むように池の周りを探した。
すると、対岸の断崖で雪崩でも起きたのか、雪がはがれ落ち、断崖と池の狭間で針葉樹が顔をのぞかせ、雪がこんもりと盛り上がっていた。
「礼香、あそこを見てごらん」
礼香は誠輝の指先に視線を移した。
「お兄ちゃんはあそこを見てくる。礼香はここで待っていて!」
「礼香、一人で待っているのは寂しい、私も連れていって」
礼香は誠輝の着物の袖をつかんで離そうとしない。
「それなら礼香も一緒に行こう」
誠輝は静かに池に下りると、氷の厚みを確かめるように“トントン”と、足で氷を踏みつけた。
「礼香、大丈夫、カンジキを外して下りておいで!」
雪面に手をおき、土手をすべり台でも滑るように下りてくる礼香の身体を、誠輝は“ギュッ”と抱きしめた。
礼香は“ホォ-”と頬を赤らめ、ふざけたように誠輝の額に“チュ”とキスをした。
「こら、何する!」
誠輝の顔も、ほんのりと赤らんだ。
二人が氷の張った池を、手を取り合って断崖下に見えていた針葉樹の近くまで来ると
「ウ・ウ・ウ・ウ・・・・・・・」
得体に知れない呻き声が微かに聞こえ、二人はギョとして立ちすくんだ。
「お兄ちゃん、何の声だろう?」
「何だか、雪の中から聞こえてきたようだったな~」
誠輝は断崖の下に、茶碗を被せたようにこんもりと盛りあがった小さな雪山に近づくと、小鳥のさえずりでも聞くように耳をそば立てた。
「何の声も聞こえないよ。礼香、確かに、このあたりから声がしたよな?」
誠輝が雪山の中を確かめるように、恐る恐る上に登ろうとすると
「ウ・ウ・ウ・ウ・・・」
と、また奇妙なうめき声が聞こえた。
「もしかしたら、人が雪の中に埋まっているのかもしれない?」
誠輝の身体から血の気が引き、心臓は“ドキドキ”高鳴り、早く助け出さなくてはとの思いに駆られ、必死で小山の雪を掘りはじめた。
しかし、日陰で凍み、固くなった雪は、忍耐力と腕力に自信を持っていた誠輝にも、容易に掘り進むことはできなかった。