ライオンが鬣をなびかせるかのように、沖合から押し寄せる波は、港を囲んだ防波堤の大岩で砕け散ると、仕掛け花火のように四方八方に飛び散り、潮煙となって港を覆った。
近くの漁師は、荒れ狂う大波にもまれ、木の葉のように浮きしずみする舟を、必死で操り先を争うように港に入ってくる。
突風を伴って降りつける大粒の雨は、坂江屋にも容赦なく襲いかかってきた。
「おぉぉい、急げ、急げ、急いで雨戸を下ろせ!」
辰吉は奉公人に向かって叫んだ。
美保丸の受け入れ準備済ませ、くつろいでいた奉公人たちは、一斉に外に飛び出すと、暴風雨にさらされながら戸締りにかかった。
雨戸が閉まると、店の中は一瞬、夕暮れのような暗がりになり、びしょ濡れになった奉公人たちがドブネズミのように土間に集まって震えていた。
吹きつける雨は、小石のように雨戸を叩き、薄暗い店の中に不気味に鳴り響き、奉公人の誰一人として口を開くものはいない。
辰吉は女中に蝋燭を灯すように命じた。
数本の燭台に蝋燭が灯ると、うす橙色のユラユラと揺れる明かりが店の中に広がった。
夕暮れのような暗がりの中で帳場に座り、目を閉じ、腕組みをして瞑想していた清左衛門が、蝋燭の灯かりに誘われるように立ち上がると、奉公人たちの視線は一斉に清左衛門に注がれた。
辰吉は清左衛門の傍らに近づくと、清左衛門の心中を斟酌したかのように
「旦那さま、心配することはありません。美保丸はきっと無事に帰って来ます」
奉公人たちの不安をも、吹き飛ばすような力強い声で叫んだ。
しかし、半時がたち、一時(二時間)が過ぎても、雨戸をたたく雨音は一向に治まらず、さらに強くなるばかりだった。
奉公人たちは、辰吉の言葉とは裏腹に、固く口を閉ざし、店の中にはお通夜のような重い空気が漂いはじめていった。