誠輝が途方にくれて立ちすくんでいると、傍でこの様子を見守っていた礼香が
「お兄ちゃん、あそこ、雪崩で竹が折れているよ」と言った。
礼香が指さす崖下に目をやると、ちょうど誠輝の手首ほどの太さの竹が、雪の中から突き出ていた。
誠輝は腰に下げていた鉈を取り出すと、2メートルくらいに切って先端を尖らせ、固く凍みた雪の中に差し込んでみると難なく刺さった。
こんもり盛りあがった雪山に、その竹の棒を差し込んで探索をはじめて間もなく、尖端が30センチくらい入ったところで何かを探り当てると
「ウウ、ウ、ウ・・・・・」と、かすかな呻き声が聞こえた。
「ここだ!ここに何物かが埋まっている」誠輝は確信した。
誠輝は尖った竹の先端で、声のした辺りの雪を囲むように穴をあけ、表面の雪を水溜りに張った氷でもはがすように取り除くと、犬が土に穴を掘るような格好で雪を掘りはじめた。
「」お兄ちゃん、私も何が埋まっているか気になるから手伝わせて」と、礼香も誠輝の横で掘りはじめた。
不安と恐ろしさ、好奇心が錯綜するなか、二人は心臓を“ドキドキ”ときめかせながら慎重に掘り進んでいった。
すると、薄紅色のニンジンを逆さにでもしたような奇妙なものが顔を覗かせた。
「これ、何かしら?」
礼香はその奇妙な物体を“そぉ~と”摘まんだ。
「あっ、これ何かの鼻みたい」
誠輝がその奇妙な鼻の周りの雪を掘りはじめると、礼香は誠輝の後ろにまわって隠れるように成り行きを見守った。
誠輝の指先には知らずしらずの内に力が入り、鼻を被っていた雪を撥ね除けると、雪の中からその物体の顔の全貌が現れた。
「これはいったい、何者だろう」 誠輝は一瞬息をのんだ。
クマほどもある大きな顔に長い鼻、人間のように見えるが人間とはどこか違う、いったいこの奇妙な怪物は何者だろう。
二人はこれまでに一度も見たことのないその怪物を前に呆然と立ちすくんだが、気を取り直した誠輝が怪物の鼻に掌をかざすと、微かに吐息が伝わってきた。
「礼香、このままではこの怪物さんは死んでしまう。何とかして助けなければ」
二人は寒さでしびれる指先に息を吹きかけながら、何者ともわからぬ怪物の周りの雪を夢中で撥ね除け、ようやく全身を掘り出しその場に座り込んでしまった。
どのくらいの時間が過ぎたことだろう、我に返った誠輝が立ち上って天を仰ぐと、冬の短い太陽は西の空に傾きかけていた。
「お兄ちゃんはここで怪物を見守っているから、礼香は早く村に帰って、この怪物さんのことを村主さんに知らせ、橇を引いて助けに来るよう願いしてくれないか」
礼香の顔が一瞬曇ったのを見て、誠輝は戸惑った。
礼香を一人で村に帰しもしも途中で雪倒れにでもなったらと、心配と不安が頭をよぎり顔を曇らせた。
礼香はそれを察したのか、ニッコリ笑うと、誠輝の不安を打ち消すように
「礼香、村の人を呼んでくる」と言って、深い雪の中を村へと帰って行った。
礼香が村に帰って1時間も経つと、あたりは次第に薄暗くなり、物音ひとつしない静寂の世界へと変わっていった。
時折、怪物が“ウウウ~、ウウ、ウウ”と呻き声をあげ、死んだように横たわっているだけで村人の姿は一向に見えない。
さすがに勇猛果敢で忍耐強い誠輝もしだいに不安と寂しさに襲われ、礼香を一人で村に返したことへの反省と後悔の念に駆られた。
「もしかして、あの大岩で足でも滑らせて怪我でもしたのでは、深い雪に往く手を阻まれ倒れたのでは」
そんな不安が誠輝の頭をよぎり、居ても立っても居られず、闇に消えかかる大岩の頂をにらみつけるように見つめるのだった。