日本海に長く突き出した島根半島で荒波を遮り、いつも穏やかな美保湾も、この日ばかりは様相を一変し、強風にあおられた高波が小山のように沖合から次々と押し寄せていた。
首をすくめ、前屈みになって歩く清左衛門の身体に、波止場で砕け散った波しぶきが容赦なく襲いかり、彼は海沿いの道を避け、山手側の小路に入った。
暴風雨は商家と切り立った裏山に遮られ幾分弱まり、彼は半町ほど歩いて美保神社の鳥居の前に出た。
美保神社は、事代主神、美穂津姫命をご祭神とし、漁業、海運、商業、歌舞音曲にご利益のあるお宮として多くの参拝者を集めていた。
大社造りで、重厚な二重の本殿を備え、えびす様を祀る全国各地の三千三百八十五社の総本社でもある。
彼は鳥居の前に立つと、目を閉じ深々と頭を下げ、二礼、二柏手、一礼すると、本殿に向かって美保丸の無事を祈願した。
関の港町は、三日月形の狭隘な土地のすぐ裏に、切り立った山が迫り、その僅かな土地の間に、海沿いの岸壁に沿って延びる道と、商家や旅館などがひしめくように軒を並べる青石畳通りの二本に道があった。
彼は参拝を済ませると海沿いの道を避け青石畳通りの道に入った。
普段は人で賑わう青石畳通りの家々も、この日ばかりは固く雨戸を閉ざし、通りには人影はもとより、猫一匹の姿も見当たらなかった。
彼は仏谷寺に上る道を過ぎ、町はずれの港の東端、海沿いの砂利道まで来た時、突然の強風に蓑や菅笠があおられた。
彼は立ち竦み、咄嗟に美保湾に目をやった。
沖合から次々に押し寄せる黒い波は、まるで、地獄から湧き出すマグマの塊のように映り、清左衛門は不安にいっそう掻き立てられた。
彼はその場でしばらく立ち止まり、菅笠の紐を固く結び直し改めて身支度を整えると、山の上に大国主命が祀られている客人神社(まろうど)神社の鳥居をくぐって石段を登って行った。
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