たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

砂電車の冒険 (最終回)

2009年05月09日 16時41分20秒 | 砂電車の冒険
砂電車の冒険 (3-8)

陽朗さんの運転する白いエステマは、紅に染まる日本海を右手に見ながら静かに家路に向かって走り続けています。
「海人、もうすぐ家に着くよ!」
陽朗さんが助手席で眠っている海人君を起こそうとすると、目にうっすら涙を浮かべています。
「海人、海人、起きなさい!」
陽朗さんが海人君の体をゆすると“パッ”と目を覚ましました。
「渚、奈美、どこにいるの?」
海人君は周囲を見渡しながら叫びました。
あまりに突然の大声に、砂千子さん後部座席から身を乗りだし、海人君の顔を覗き込みました。
「渚も奈美も、後ろでよく眠っているわよ!」
砂千子さんが優しく声をかけると、海人君は後ろをふりかえり“ほっと”したように、右手で“そ~と”涙をふきました。
次の日の夕ぐれ時、海人君がチロを散歩させながら裏の砂場をのぞくと、砂の中で何かが“キラ”と光りました。
海人君が砂を掘ると、そこから小さな砂時計が出てきました。
「海人、ご飯よ!」
海人君が砂千子さんの声につられるように台所に目をやると、台所のカーテン越しに、陽朗さん、砂千子さん、奈美ちゃん、渚君たちが楽しそうに食卓を囲んでいるシルエットが浮かびあがっていました。
海人君は砂時計を両手で包み込むように拾い上げると、目を閉じ、呟くように静かにふりました。
「いち、にい、さん~」
砂時計は夕日を浴び紅色に染まっています。
海人君は砂時計を空にかざすと、宝物を慈しむようにズボンのポケットにしまいました。
「ママ、いま帰るから~」
海人君は急ぎ足で、家族の待つ家の中へと入っていきました。

                            おわり

         (御拝読いただきありがとうございました)


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砂電車の冒険 (28)

2009年05月03日 16時44分17秒 | 砂電車の冒険
砂電車の冒険 (3-7)

 「奈美、手伝って!」
 海人君と奈美ちゃんは力を合わせてリールを引っ張りますが、渚君を砂の中から引き上げることができません。
「渚、足首をまっすぐにして!」
 怒鳴るように海人君が叫ぶと、渚君は砂に埋まった足を必死で動かします。
 「いち、にい、さ~ん!」
 二人が後ろにのけぞるように再びリールに力をこめると、渚君の足が“ズズズ~”砂から少しずつ抜け始めました。
「奈美、もう少しだ、ガンバレ!」
 二人は尻もちをつくように砂の上に倒れ込みました。
「渚、大丈夫?」
 海人君は渚君に一声かけるのが精一杯で、その場に座り込んでしまいました。
 しばらくしてようやく気を取り直した海人君は、渚君の身体に着いた砂を払い落しながら大スリバチの頂に目をやりました。
 すると先ほどまであった、砂丘駅も砂電車の姿も見えなくなっていました。
「お兄ちゃん、砂電車が見えないよ!」
 奈美ちゃんは心配そうに海人君の顔を覗き込みました。
「奈美、大丈夫、大丈夫、大スリバチの頂上まで帰れば、きっと砂電車は待っていてくれるから」
 海人君は不安を振り払うように、力強く立ち上がりました。
「奈美、渚、早く帰ろう!」
 海人君が渚君のお尻を押し、奈美ちゃんはチロに引きずられるように、大スリバチの急な砂山を登っていきました。
 三人はようやく山頂にたどり着きました。
しかし、そこには砂丘駅も砂電車の姿もありません。
 薄暗くなった頂には、“ザザザ~、ザザザ~”、寂しく響く日本海の波音が聞こえるだけです。
「お兄ちゃん怖いよ~、早くパパ、ママに会いたいよ~」
 渚君は大粒の涙を流し泣き出してしまいました。
 海人君は渚君と奈美ちゃんを両脇にしっかり抱え空を見上げました。
すると薄暗くなった夜空に輝く一番星が涙でかすみ、ぼんやり浮かんで見えていました。

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