どんなに素晴らしい粉ミルクでも、泥水で溶かすと、濁ってしまう。
どちらが、よりよいかという問題ではないのだ。
どちらの水道を選択すれば、より早く普及できるかという問題なのだ。
その普及速度の点で民間水道会社の方が優れているのではないか。
赤ん坊が赤痢で死んでから水道が敷設されたのでは遅すぎる。
しかし、もちろん普及すればよい、といったものでもない。
それは、水がミニマム中のミニマムだからだ。
水道局には都市伝説がある。
電気会社は、電気代が払えない家庭の電気は完全に止める。
ガス会社は、ガス代が払えない家庭のガスは完全にとめる。
水道局も、水道が払えない家庭の水道は止める。
だけど、水道は完全には止めない。
ほんの少しだけど、水が出るように止める。
風呂に水をためることはできないけれど、コップ一杯の水をためて飲むことはできる。
電気がないと夜は暗い。だけど、人は死なない。
ガスがなけてば冬は寒い。多分、人は死なない。
だけど、水がなければ、人は、確実に死んでしまう。
だから、水道代が払えない家庭であっても、水道を完全に止めてはいけない。
水道局では、先輩から後輩に、そう伝えてきた。
それは、都市伝説であるかもしれない。
しかし、この都市伝説は、そう悪くない話だ。
それにしても、民間水道会社では、水道代が払えない家庭の水道は完全に止めてしまうのだろうか。
もし、完全に止めなければ、水道会社の株主から業務懈怠の罪を問われるのだろうか。