聖武天皇の御世、二十三人の皇族が互いが心を合わせる為に、代わる代わるに宴を催した。
この皇族方は皆天智系の方々で、王と王女もたくさん居られました。この時代、王と王女は天武と天智兄弟の孫だけが名乗る事の出来る尊称であった。聖武天皇は天武天皇の孫でしたので、天智系の皇族は恵まれず、大変不遇を囲い、不満が募っていました。
この日の主催は白壁の王でしたが、客の皇族の不平不満や政庁への悪口にはまるで耳を貸しません。白壁王は、白壁の如く目立たずに頭を下げて災禍の通りすぎるのを待つ賢さと忍耐を持っていました。
白壁王は、隅で一人しおれた様子で膳の食事を慎ましくお食べに成っている窮(せま)れる女王(名は伝わっていません) の側に歩み寄って、優しい言葉を掛けました。
「女王様」
窮れる女王は、恥ずかしそうに瞬きをしながら白壁王を見ました。
「お気を確かにお持ちなさい。葛城王はやくそくして下さいました。必ずあなたに渡る筈のお金や衣料などをくすねている者を見つけ出して、罰を与えると」
この女王が貧乏だったのは、母親が亡くなってから、届くはずの物が届かなくなっていたからです。官吏の誰かが懐に入れていたに違いません。
「有り難う御座います。でも、私が貧乏なのは、きっと前世で悪い行いが有ったからですわ。私は前世を悔いて、一生懸命に仏様にお祈りを捧げておりますの」
目立たぬのが心情でしたが、白壁王は窮れる女王の慎ましさや篤い信心に心を打たれ、なんとか力にならねばと決意を新たに致しました。
宴の帰り、窮れる女王は平城左京の服部堂の吉祥天像の前で泣き崩れてしまいました。
「わたくしは、前世で貧乏に成る因果を作って、貧乏に成る報いを受けております。わたくしは宴会の仲間になりましたが、ただ人の物を食べるだけで、お返しをする事が出来ません。どうか、大それた望みなど抱きませんが、たつた一度で良いから細やかな宴を開けるだけの財をお与え下さい。望みを叶えて頂ければ、わたくしの命をお捧げ申し上げます」
「その願い、適えて使わそう」
驚いた女王が吉祥天の顔を拝みましたが、穏やかな微笑みを浮かべているものの、唇はピクリとも動きません。
吉祥天像の裏に、一匹の女狐が隠れていて、天女に代わって言ったのです。
この女狐は荒れ果てた女王邸に住み着いていて、窮れる女王と寄り添うようにして助け合う仲だったのです。日頃から食べ物などを女王に届けたりして、宿の恩を返していました。
女狐は生駒山の母狐の元に一目散に掛けました。
彼女の母狐は位の高い狐で大抵のことは可能にしてくれるのです。
女狐が必死に祠に駆け込むと、母狐は来るのを知っているかのように待っていました。
「どいう風の吹き回しかね、久し振りじゃないか」
「お母様、実は・・・」
「何かほしいんだろ? その前に」と、声を張り上げて「来寝麻呂、出ておいで」
女と見まごう程の美男子、来寝麻呂が奥から姿を現しました、何故か人の姿をしています。
女狐の胸は早鐘のように鳴り続けます。こんなに美しい人間に会った事が無かったからです。
「お前の兄さんの来寝麻呂じゃ」
「やあ、やっと会えたね」
優雅な美しい声で、来寝麻呂は妹に挨拶をしました。
お兄さんだなんて、残念だわ。なんて事を女狐が考えていると、
「ところで、なんだい? 欲しい物かい? それとも願い事かね?」
「いいえ、お母様、相談です」
女狐は母と兄に窮れる女王の哀れな身の上、哀しい話をすっかり話しました。
「なんだい、そんな簡単な事かい? お前が世話になっているお方の為だ。力になって上げようじゃか、ねえ来寝麻呂。すぐに支度に掛かっておくれ
「畏まりました」
来寝麻呂と母狐は、夜が明ける前に、沢山の食べ物や装束、豪華な食器、絢爛とした家具などを揃えてしまいました。
夜が明けるとすぐ。
「さあ、出かけようじゃないか」
母狐は女王の乳母に化け、来寝麻呂は家来の侍に変装しています。
狐のままの娘に声を掛ける母狐。
「何をしてるんだい。まさか忘れたんじゃないだろうね、化けるのを」
「はい、でも、私は誰になればいいのかしら」
「そうだね、女王の幼なじみの侍女がいいだろう」
女狐は若い侍女に懸命に化けました。
なんとか格好がついたとホッとすると、来寝麻呂の鞭が尻尾に飛んで来ました。
「気をゆるんじやないよ」
ペコリと舌をだして尻尾を隠す女狐。
こうして、生駒の山奥から五十人もの行列が女王宅目指して出発しました。
2016年12月8日 Gorou
この皇族方は皆天智系の方々で、王と王女もたくさん居られました。この時代、王と王女は天武と天智兄弟の孫だけが名乗る事の出来る尊称であった。聖武天皇は天武天皇の孫でしたので、天智系の皇族は恵まれず、大変不遇を囲い、不満が募っていました。
この日の主催は白壁の王でしたが、客の皇族の不平不満や政庁への悪口にはまるで耳を貸しません。白壁王は、白壁の如く目立たずに頭を下げて災禍の通りすぎるのを待つ賢さと忍耐を持っていました。
白壁王は、隅で一人しおれた様子で膳の食事を慎ましくお食べに成っている窮(せま)れる女王(名は伝わっていません) の側に歩み寄って、優しい言葉を掛けました。
「女王様」
窮れる女王は、恥ずかしそうに瞬きをしながら白壁王を見ました。
「お気を確かにお持ちなさい。葛城王はやくそくして下さいました。必ずあなたに渡る筈のお金や衣料などをくすねている者を見つけ出して、罰を与えると」
この女王が貧乏だったのは、母親が亡くなってから、届くはずの物が届かなくなっていたからです。官吏の誰かが懐に入れていたに違いません。
「有り難う御座います。でも、私が貧乏なのは、きっと前世で悪い行いが有ったからですわ。私は前世を悔いて、一生懸命に仏様にお祈りを捧げておりますの」
目立たぬのが心情でしたが、白壁王は窮れる女王の慎ましさや篤い信心に心を打たれ、なんとか力にならねばと決意を新たに致しました。
宴の帰り、窮れる女王は平城左京の服部堂の吉祥天像の前で泣き崩れてしまいました。
「わたくしは、前世で貧乏に成る因果を作って、貧乏に成る報いを受けております。わたくしは宴会の仲間になりましたが、ただ人の物を食べるだけで、お返しをする事が出来ません。どうか、大それた望みなど抱きませんが、たつた一度で良いから細やかな宴を開けるだけの財をお与え下さい。望みを叶えて頂ければ、わたくしの命をお捧げ申し上げます」
「その願い、適えて使わそう」
驚いた女王が吉祥天の顔を拝みましたが、穏やかな微笑みを浮かべているものの、唇はピクリとも動きません。
吉祥天像の裏に、一匹の女狐が隠れていて、天女に代わって言ったのです。
この女狐は荒れ果てた女王邸に住み着いていて、窮れる女王と寄り添うようにして助け合う仲だったのです。日頃から食べ物などを女王に届けたりして、宿の恩を返していました。
女狐は生駒山の母狐の元に一目散に掛けました。
彼女の母狐は位の高い狐で大抵のことは可能にしてくれるのです。
女狐が必死に祠に駆け込むと、母狐は来るのを知っているかのように待っていました。
「どいう風の吹き回しかね、久し振りじゃないか」
「お母様、実は・・・」
「何かほしいんだろ? その前に」と、声を張り上げて「来寝麻呂、出ておいで」
女と見まごう程の美男子、来寝麻呂が奥から姿を現しました、何故か人の姿をしています。
女狐の胸は早鐘のように鳴り続けます。こんなに美しい人間に会った事が無かったからです。
「お前の兄さんの来寝麻呂じゃ」
「やあ、やっと会えたね」
優雅な美しい声で、来寝麻呂は妹に挨拶をしました。
お兄さんだなんて、残念だわ。なんて事を女狐が考えていると、
「ところで、なんだい? 欲しい物かい? それとも願い事かね?」
「いいえ、お母様、相談です」
女狐は母と兄に窮れる女王の哀れな身の上、哀しい話をすっかり話しました。
「なんだい、そんな簡単な事かい? お前が世話になっているお方の為だ。力になって上げようじゃか、ねえ来寝麻呂。すぐに支度に掛かっておくれ
「畏まりました」
来寝麻呂と母狐は、夜が明ける前に、沢山の食べ物や装束、豪華な食器、絢爛とした家具などを揃えてしまいました。
夜が明けるとすぐ。
「さあ、出かけようじゃないか」
母狐は女王の乳母に化け、来寝麻呂は家来の侍に変装しています。
狐のままの娘に声を掛ける母狐。
「何をしてるんだい。まさか忘れたんじゃないだろうね、化けるのを」
「はい、でも、私は誰になればいいのかしら」
「そうだね、女王の幼なじみの侍女がいいだろう」
女狐は若い侍女に懸命に化けました。
なんとか格好がついたとホッとすると、来寝麻呂の鞭が尻尾に飛んで来ました。
「気をゆるんじやないよ」
ペコリと舌をだして尻尾を隠す女狐。
こうして、生駒の山奥から五十人もの行列が女王宅目指して出発しました。
2016年12月8日 Gorou