アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

科挙に思う

2016-12-13 20:59:47 | 文化
 科挙ってしっていますか? 言葉はしっているが、余りピンとは来ない人が多いと思います。中国で随から清まで千三百年も採用された官吏登用試験なのですが、科挙の試験に合格すると、官吏に登用されるだけでなく様々な権利(賄賂を欲しいままにする権利なども含まれていました)が与えられ、一族郎党全てが大富豪状態が生まれます。つまり、高官になれば賄賂を貰い、政治を私欲化するのが当たり前だったんです。
 科挙制度にも良いところが沢山有りますが、この悪い面が社会に蔓延して貧富の差が増大してしまいました。
 この科挙制度と儒教を取り入れた国がありました。新羅と日本です。日本は儒教をたんに学問として取り入れ、科挙制度は大学寮の設立等にとどめたため、貴族の権利は守られ続けますが、やがて武力が全ての武士社会が到来します。
 新羅は儒教を宗教的な程に取り入れ、科挙制度も完璧に真似をしてしまいました。
 新羅は日本を儒教を重んじない為にウエノムと蔑み続けました。それは、大東亜戦争の憎悪共に今でも増大しているきらいが有ります。
 朴槿恵大統領が問題になっていますよね。あれは科挙制度の弊害から韓国が逃れられていない証拠なんです。思い出して下さい。韓国の大統領は誰もが収賄などの大事件を起こしています。
 えっ?! 日本も同じだろうって? スケールが違いますよ!
 韓国は、これを機会に流血なき革命を果たし、貧富の差の少ない国を築く事を祈りましょう。
2016年12月13日   Gorou

 

コーヒーをもう一杯

2016-12-13 15:15:48 | 文化
 コーヒーをもう一杯いかがですか。
One more cup of cofee 。
 ディランとエミルー・ハリスが勧めるので、禁を破ってもう一杯。
 うーん、眼を瞑って考える。ボブ・ディランは何者だろう? 分かりません。彼は一所に留まって居ないので、捕まえる事が出来ないんです。
 あるインタビューにこう答えました。「僕は歌いながら踊る男です」、ディランにしては精一杯のジョークです。
 フォークシンガー? ロックシンガー? いいえ、彼は常にプロテストシンガーでした。 彼はごく若い頃は、ウディ・ガスリーに憧れ、彼のコピーばかり歌ってました。当初オリジナルはまったく作りませんでした。少しづつ曲を創るように成り、少し名が知られて行きました。当時彼はジョーン・バエズにも憧れました。彼女がフォークソングの女神だったからです。ジョーン・バエズも彼を気に入ったようです。ディランの中に才能を見つけていたからに違いありません。いろんな所に連れて行きました。あるホテルでチンピラみたいなボブ・ディランは宿泊を拒否されましたが、怒ったジョーン・バエズは無理を通しました。なにしろ彼女は女神ですから。
 歌うボブ・ディランの横にジョーン・バエズが佇む姿を時々見かけました。そんな時、彼女はバックを取ったりハモったりしてあくまでもディランをたてていました。ディランの教育をしていたに違いありません。ディランは常に変わり続けて行きました。
 ディランがロックバンドを従えてライブに現れたとき、ファンは驚きの余り、フォークは死んだと嘆き悲しみました。人は、自分の想定外の変化に出会ったとき、錯乱状態になるんです。ディランの中でフォークが死んでロックが生まれた訳で無く、やはりプロテストソングを歌っていたに他成らないんです。
 デイランがノーベル文学賞を受賞したという噂を聞いたのですが、嘘でしょう? えっ! 本当なのですか。へーえ、本当だったら。そのことでボブ・ディランの変化が留まらない事を祈るばかりです。
2016年12月13日   Gorou

炎の男、火麻呂 能登国風土記 Ⅹ

2016-12-13 03:06:27 | 物語
 十
 長く寒く厳しい能登の冬が過ぎ、ようやく春が訪れた。
「こちの旦那さま何時来て見ても、ハ、ヨイトサーヨイ、ハ、ヨイトサーヨ
イ、俵重ねて、ホン
ニ、福招く」
 田切唄を謡いながら荒田を打つ能登の人々。
 長い冬で荒れた土が優しくうちならされ、雪解け水が田の畦を満たして行
く。

 東の空を朝焼けが染め、華麗に羽ばたく蝶が草花に戯れて春を謳歌してい
る。
 おたまじゃくしが足を生やして畦から土手に這い上がってきた。
 田圃に畦から水が引かれ、喜んだ蛙が飛び跳ねて田に群がった。
 ピーヒャラ、ピーヒャラ、ドンドンドンドコ。
 笛と太鼓の音に驚いた蛙が慌てて畦に引き返してきた。
「朝起きてヤーハレ東を遥かに」
 首から太鼓を提げた若者が音頭を取った。
「アラサノサッサ!」
 早乙女たちが一斉に合いの手を挙げながら、田に苗を植えて行く。
 荒木郷の若者たちに混じって、泥麻呂が太鼓を叩き、蟷螂が笛を吹いてい
る。
「眺むれば、ヤハレナ、眺むれば」
「アラサノサッサ!」
 珍しそうに見物していた新羅から還った若者たちも一緒に合いの手を挙げて
いる。
 歌う早乙女の一人、亀が蟷螂を見詰めて笑った。
 その横の鼎の前に飛んでくる苗床、田の泥が跳ねて鼎の頬を優しく撫でた。
 嬉しそうに笑いながら苗床を掴んで泥麻呂を見やる鼎。
「眺むれば、ヤハレナ、 黄金にましたる朝日さす」
 ピーヒャラ、ピーヒャラ、ドンドンドンドコ。
 別の若者が音頭取りを継いだ。
「鶯というたる鳥はヤーハレ、鶯という鳥は」
「アラサノサッサ」
 畦道を喜び勇んで走り回る子供達。
 陽気な田植唄に紛れて悲しい鈴の音が聞こえてきた。
「興かる鳥だ、ヤーハレ、興かる鳥だ」
 泥麻呂と蟷螂が鈴の音の方を見やった、二人の顔にもう笑顔は見えない。
「興かる山に隠れて、ヤーハレ、和歌を詠む鳥だ」
 歌いながら、はずむように田を植え、きびきびと弾ける鶴と亀と早乙女た
ち。
 鼎が立ち上がって泥麻呂を見やり、その視線の先を見た。

 輝く朝日を背に受け、霊峰白山に向けて一人の優婆塞が歩いていた。
 平城京師に向けて真っ直ぐに伸びている官道、その左端を歩く優婆塞の右斜
め前方に、影がくっきりと浮かび上がっていた。
 風も無いのに影の裳裾が棚引いた。
 影に促され、左足を引きずりながら前に出す優婆塞、罔両が慌てて影の後を
追い、淡い陽炎のような輪郭を影の外側に創った。
 優婆塞は踏み出した左足に右足を揃え、また左足を踏み出した。
 杖の頭に結ばれた鈴が悲しい音を出して泣いた。
 杖を握る右の手が醜く爛れ、笠影の首筋もまたやけ爛れていた。
「百石に、八十石そえて」
 母親譲りの美しい声で優婆塞となった火麻呂が御詠歌の節回しで賛嘆を歌い
出した。
 歌いながら賢明に考える火麻呂、天から降って来た「蘇芳!」の声の意味
を。
 ゆっくりと、ゆっくりと、再び歩き出す火麻呂。
「給いてし、乳房のむくい、今ぞわがする」
 ようやくその意味に思い当たる火麻呂、もしかしたら、もしかしたら!
 だが、確かめる術など残されてはいない。
 雅とその子が灰となり、葛麻呂までもこの世にいないのだから。
 火麻呂が左足を踏み出し、また右足を揃えた。
 取り残された罔両が戸惑いながら影に囁いた。
「貴女はさっき動いていたかと思うと、今は留まっている。少し前は座ってい
たのに、今は立っています。余りにも節操が無さ過ぎます。貴女には自分
の心という物が無いのですか?」
 影が揺らめきながら答えた。
「いいえ。私にはもう心しか残っていません。だから心のままにこのお坊様の
容に従って動いているだけなのです」
「ももくう~、う~う~う~くさあ~、あ~あ~にい~い~い」
 火麻呂の悲しい賛嘆で影が激しく動揺した。
「ああ! 私が貴方を色々な所に連れて行ったのは間違いでした。私と貴方と
は、今では棲んでいる世界が違うのですよ。私とこのお坊様の事など忘れ
てしまいなさい。自分の運命の中にお帰りなさい」
「八十石そおえ~え~てえ~」
 罔両が悲しげにゆらゆらと揺らめいた。
「輝く太陽の一族となって、この国の支えとなりなさい。・・・貴方には、衣
の藤模様を背負って立つ運命が待っています。貴方の世界にお帰りい!」
 影の想いが通じたのか、罔両が瞬き、噴霧となって空中に飛散し、紅紫の閃
光を放ちながら京師の方角に飛び去った。

 紅紫の長い尾を引きながら、流星が佐保山の方角から近付いて来た。
「日中に星が流れるなんて!」、蘇芳の看病をする千代にいいようのない不安
が走った。
 流星は千代と蘇芳が駆け込んだ、右京三条の高梓邸目掛けて飛んで来るよう
に見えた。いや現にその部屋に飛び込んできた。
 凄まじい閃光を放ちながら紅紫の煙になる流星。
 目が眩み、思わず目を瞑る千代、恐る恐る目を開けると、昨夜から熱にうな
され続けていた蘇芳がようやくつぶらな瞳を開けた。
 胸を撫で下ろし、藤模様の肌着を着けた蘇芳を抱き上げる千代。
 能登からの逃亡以来、決して千代に心を許す事の無かった蘇芳が甘えて項に
抱きついた。
「私はこの蘇芳の生母として生きて行こう」、決意を新たにする千代、蘇芳を
強く抱きしめ、深呼吸をした。
 姉雅の香りが部屋中に漂っている。
「こんな私でも見初めて呉れるお方がいたら、蘇芳を実子として認める事を条
件に、その男のものになっても良い」、京師に落ち延びてからずっと、千
代はこう思い続けてきた。それがこの館の主ならなお良いとも思った。
 その梓が池の辺の東屋に佇んで千代を見詰めていた。
 梓の横に高官が佇み、千代に篤い眼差しを注いでいた。
 正三位内大臣藤原朝臣房前、不比等の次男で中衛府の大将を勤め、横佩の大
臣とも呼ばれているその公卿を、宮城で采女を勤めていた千代は良く知っ
ていた。
 房前は典雅な身のこなしで千代を見続けたまま、梓になにやら囁いている。
 梓の顔がやや曇った、困惑しているのだ。
 戸惑いながらも、千代の方に歩いてくる梓。
 蘇芳の背中の藤模様が秘めやかに瞬いている。
 千代の胸が早鐘のように鳴り、姉雅の面影がふと浮かんだ。
「アラサノサッサ! 声を上げては、ヤーハレ、歌えや、野辺の鶯」
 佐保山の彼方から陽気な田植え歌が聞こえてきた。

 遥かに望む丘に騎影が三つ、正姫と比古麻呂と千賀だ。
 瀕死の重傷を負った火麻呂をこの世の地獄に呼び戻したのは、羽咋に留まっ
た正姫の薬草と鼎の煎薬だった。
 行脚する火麻呂をじっと見詰め続けていた正姫が想いを断ち切るように鞭を
虚空で鳴らした。
 今度は馬の尻を叩く正姫。
 朝日に向かって丘を駆け上る正姫、後を追う二人の羽咋君。

 ゆっくりと西に向かって行脚する火麻呂を悲しく見詰める泥麻呂と蟷螂。
「どこへ行こうとしているのでしょう」
「さあ、火麻呂の住める世界などこの世にあるものか」
 田植え祭りを眺めていた新羅の若者と娘が、堪えきれずに畦道に飛び出し、
太鼓を叩いてはくるくるとトンボを切り、生き生きと飛び跳ねた。
 一人の若者が音頭とりを押しのけて歌いだした。
「花もはずかし、十七八の、ヤーハレハイナア、田植えする娘に囁きかける」
「アラサノサッサ! 田植えする娘に何囁きかける」
「声をひそめて、ヤーハレ、好いた惚れたは面倒くさい」
「アラサノサッサ! 面倒かけずに銭ッ子かけろ」
「銭ッ子無くても、ヤーハレ、嬉し恥ずかし、恋ッ子愛ッ子」
「アラサノサッサ!」
 音頭とりと早乙女の掛け合いが止め処もなく続いていく。
 はしゃいで走り回る子供たち。
 見詰める鼎に笑顔が戻っていた。

 陽気な田植え歌を背に、ゆっくりと、ゆっくりと行脚を続ける火麻呂。
 火麻呂を導く影が悲しそうに揺らめいた。
 どこへ行こうとしているのだ、火麻呂。
 今生になど暇を乞え、
 死ねば地獄、生きてなお地獄。
 冥府魔道に生きた、実の母親をも殺そうとした悪逆非道の漢、火麻呂。
 愛する妻とその子をも見殺しにした冷酷無比の漢、吉志火麻呂。
                       (火麻呂 完)
     2016年12月13日    gorou
長い物語をお読み下された方々に、御礼を申し上げます。この続編を書く事が出来きるのでしょうか?
 追記。
 貴族に成った船、能登号に出て来る優婆塞が火麻呂だと気づいた方が、どうやら居るようですね。
火麻呂は、唐土にまで渡り、遣唐隊大使となった我が子蘇芳の危機を救い、三十年唐土を行脚していた戒融と共に能登号で帰国の途についたのです。

炎の男、火麻呂 能登国風土記 Ⅸ

2016-12-13 02:43:53 | 物語
 九
 後世、天平と呼ばれるこの時代、宮廷の女官たちの間で唐の伝奇小説が流行
していた。特に人気のあったのが、恋する男装の麗人が活躍する小説だった。
 雅も千代が持ち帰った幾つかの小説を読んで胸をときめかした。老父の身代
わりに従軍して大活躍する美少女木蘭、男装に身を固めて遊学する学問好きの
恋する麗人祝英大、この二人が雅のお気に入りだ。
 土牢の麗人に興味を持つ雅と千代、正姫が一言も喋らぬ為、名前も身分も分
かっていないので、密かに木蘭と呼んでいた。
 葛麻呂の留守を良い事に、可哀想な新羅の木蘭に何か望みが無いか、新羅語
の分かる侍女を土牢に走らせる雅。
 意外にも望みは湯浴みだった。
 立つことも出来ない、狭い土牢に四ヶ月もの間幽閉されていた木蘭、自分で
身体を洗うことが叶わぬほど足腰が弱っていた。
「お姉さま、木蘭の腕はまるで鋼のよう、この腕で何人もの兵を倒したそうで
すよ」
「なんて美しい肌なんでしょう。それにしてもこんな若さで」
 想像していたよりもはるかに若く美しく逞しい木蘭の身体を洗う姉妹、まさ
か言葉が分かるとは思わず、勝手な事を喋りあっていた。
「千代、矢張りこの館に内報者がいるようですね、餓えているとはとても思え
ませぬ」
「ええ、食事を取らなければ、こんな肌の艶を保てる訳がありませんわ」
 姉妹は、雪が解ければ平城に送られて処刑される木蘭の運命を想い、時折涙
ぐんだ。
 正姫は正姫で、この館が襲撃された時、この優しく美しい姉妹が巻き添えを
食わねば良いがと願った。
「雅様」
 湯殿の外から男の声がした。
 雅が湯殿を出ると、鹿人の代わりに館の守護をしていた香島末麻呂が甲冑に
身を固めて跪いていた。
「お末様、如何なさいました」
「新羅の海賊が香島津に溢れておりますので、我らもこれより出撃致します」
 湯殿で聞き耳を立てる正姫の目が煌めいた。
「海賊が攻めてきたのですか?」
「はい」
 立ち上がる末麻呂、悲痛の面持ちで雅を見詰めた。
「お末様、死んではなりませぬぞ」
 涙ぐむ末麻呂、泣き顔を恥じ、踵を返して小走りに去って行く。
 お末、お末、と龍麻呂からも鹿人からも可愛がられた若者までも戦場に行
く、哀れと想い無事を祈る雅、それにしても何と不思議なのだろう?
「今度は海賊?」
 呟く雅。
 雅は時々想像していた。もし火麻呂が襲撃して来るとしたら、どんな状況の
時だろうかと?
 それは突発の事件で国衙の守備が手薄に成った時、東征等で能登軍団が出征
するか、新羅海賊が大挙香島津に押し寄せて来た時しか無いと想っていた。
 今、その二つが同時に起きた。
 雅の胸は高鳴り、頬が紅潮した。
 何かが起こる、必ず起こる、火麻呂が来る、必ず来る。

 牡丹のような雪が能登に降って来た、ひらひらと風に舞い、凍てつく土の上
で儚くも消えていく。消えても消えても降り注ぐ雪の結晶、少しづつ黒ずんだ
凍土を白く変えていった。
 香島津の沖で陣を構える新羅水軍と能登水軍、両陣営とも雪の中で翼を広げ
るような鶴翼の陣を張った。互いに相手を包み込もうと両翼を広げあい、戯れ
る鶴の夫婦のように優雅な舞を演じているその様は、とても本気で闘おうとし
ているとは見えなかった。まるで山水の名画のように白銀の世界で幽玄を極め
ている。

 雅は眠れぬ夜を過ごしていた。眠れぬまま火麻呂の夢を見た。
 春爛漫の丘の斜面、その藤浪の狭間で二人の子を抱いて佇む雅。
 吹雪の中を火麻呂が駆けて来る、駆けて来る、駆けて来る。
 いくら目を細めても火麻呂の表情が読み取れなかった。
 殺しに来るのか、救いに来るのか、駆けても駆けても、望んでも望んでも、
二人の距離は縮
まらなかった。
 火麻呂が駆ける冬と雅が佇む春との間に炎が燃え上がった。

「お姉さま!」
 寝所に駆け込んでくる千代。
 まるでそれを待っていたかのように、静かに半身を起こす雅。
「新羅の海賊が館に攻め寄せています」
「海賊?」
 首を傾げる雅、海賊ではなく盗賊の筈なのだ。
「本当に新羅の海賊なの?」
「はい、新羅語が飛び交っているそうです」
「寄せ手の数は?」
「二三百はいるとか」
「三百も」
 今、この館を守備しているのは大伴の兵士だけで、その数約五十。覚悟を決
める雅。
「広間に皆を集めなさい。貴女は蘇芳を頼みます」
 雅は毛虫という名を嫌い、妹千代と二人の時だけは、密かに名付けたこの名
で毛虫を呼んだ。

 藤衣に襷をかけ、額に藤模様の鉢巻をきりりと締め、薙刀を小脇に抱えた雅
が大広間に駆け
つけると、既に主殿に使えている家人と侍女が集まっていた。
 家人も侍女もめいめいが夫々に武装を整えていた。
 みやびを抱く乳母、蘇芳を抱く千代。
 雅はその二人に家人を五人づつ付け、みやびを抱く乳母に、
「万が一の時、紀氏の誰でも子虫殿でもなく古麻呂様を頼りなさい」
 と、命じ、蘇芳を抱く千代には、
「紀氏も大伴氏も頼ってはいけません。必ず高梓様を頼りなさい」
 と、囁き、大広間から裏山に通じる抜け穴から落ち延びさせた。
 抜け穴に最後の一人が消えるのを確認する雅、一同にこう言い渡した。
「内乃兵大伴が新羅の海賊になど遅れを取ってはなりませぬ。天皇には澄ん
だ、明るく清き心で
仕え奉らねばなりません」
 悲痛な面持ちで聞く一同。
「叶わぬまでも草生す屍となりなさい。夜明けまで戦い抜けば一縷の望みは有
ります。香島津か
ら龍麻呂様が、愛発から能登軍団が、越中から射水軍団が必ず駆けつけて呉れ
ます」
 主殿の全ての灯りを消してその時を静かに待つ雅。
 やがて正門が破られて海賊が主殿に押し寄せてくる、討って出た所で無駄だ
と悟る雅、憧れ
た木蘭のように闘おうとしている今、己の運命が不思議だった。

 荒れ狂う吹雪の中、正門では激しい戦闘が続いていた。
 高楼から降り注ぐ弓矢の嵐に悩まされ、泥麻呂と蟷螂に従う海賊軍が立ち往
生していた。
 苦戦する泥麻呂をよそに、火麻呂は易々と館に潜入していた。内報者が木戸
を開けて招きい
れたのだ。
 従うは鬼の三兄弟と鼎と十人程の海賊。
 火麻呂と鼎は、来寝麻呂と共に考案し、宇佐の鍛冶師に造らせた、特製の黒
い鎖帷子で身を
固めていた。対して鬼の三兄弟は金色に輝く鎖帷子を付けている。
 火麻呂が土牢に駆けつけた時、すでに扉は開けられていた。
 狭い土牢から包まる毛皮ごと正姫を引きずって出す海賊達。
 毛皮の主が自力で起き上がれぬと見た火麻呂は、両手で小柄なその男を抱き
上げた。
 その抱き心地で女だと悟る火麻呂、だが正姫とまでは気が付かなかった。
 抱きかかえたままひた走る火麻呂。
 正姫が火麻呂の首を抱き閉めて囁いた。
「火麻呂、嬉しい」
 ようやく正姫と気付く火麻呂、それでも無言のまま雪の中を走った。
 周りを固めて警護する新羅衆。
 火麻呂を見送った鬼の三兄弟と鼎が主殿の方に走った。

 館の外で羽咋衆が正姫の救出を待っていた。
 手車に正姫を乗せる火麻呂。
 その手を握って離そうとしない正姫。
 握る正姫の手に右手を添える火麻呂、満面笑みを浮かべて、
「また逢ったな。もう一度逢えるかも知れぬ」
 そっと正姫の手を解く火麻呂。
「さらば」
 館へと引き返す火麻呂、あっという間に吹雪の中に消えた。

 バリバリバリ! バリバリバリ!
 凄まじい音を立てて守殿を囲む板戸が剥がされて行く。
 蛇火裟麻呂と槌麻呂が怪力に任せて板戸を次々と剥がしているのだ。
 瞬く間に丸裸にされる主殿。
 外から見ればまるで暗黒の世界だった。
 南火血麻呂と鼎が室内を走り回って、腰の周りに差していた松明を柱や鴨居
に打ち付け、次々
に明かりを灯していった。
 たちまち明るみの中に晒される大広間で雅を中心に大伴衆が身構えていた。

 吹雪の中に佇む二人の巨漢。
 見たことも無い金色に輝く鎖帷子に身を包んだその二人が主殿の廊下に飛び
乗り、大広間
の雅に向かって迫ってきた。その左右に並ぶ金の鎖帷子と黒い鎖帷子。
 四人の賊に討ちかかろうとする大伴衆を制する雅。
「動いては成りませぬ」
 金の鎖帷子の三人を鬼の三兄弟と気付いたのだ。
 矢張り般若党が襲ってきたのだ。終に火麻呂が来たのだ。
「葛麻呂が隠した財宝は何処だ。教えれば命だけは助けてやる」
 赤鬼が吼えた。
「奪えるものなら奪って見なさい。能登の宝は優しい土地と豊かな海とそこに
生きる人々。鬼な
どに渡すわけには行きません」
「ほざいたな女、真っ先に殺して呉れん」
 吼える赤鬼。
「殺す前に犯す!」
 と、舌なめずりしながら、雅の身体を嘗めまわす青鬼。
「犯した後にその肉を喰らってやるぞ!」
 と、巨漢の黒鬼。
「ウオーッ!」
 雄叫びを上げ、得物の戟をぐるぐる回す鬼の三兄弟。
 意外にも、黒の鎖帷子が大伴衆の前で鬼に向かって構えた。
「頭が来るまで手を出すな」
「邪魔をするな鼎。お前から先に血祭りに挙げて呉れる」
 鼎? 黒の鎖帷子を来寝麻呂と見ていた雅、女と見まごう男ではなく本物の
女だったのだ。
 じりじりと鼎ににじりよる鬼の三兄弟。
「ノウマク、サンマダー、バサラダン、ウン」
 不動明王の真言を唱える鼎。
「ウオーッ!」
 雄叫びを上げ、胸を叩く鬼の三兄弟。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
 九字を切る鼎、大きく吸った息を、
「渇!」
 と、叫んで鬼の三兄弟に吹き付けた。
 もんどりうって転がる三兄弟、暗示で鼎の術がかかりやすくされていたの
だ。
「化け物め」
「覚えていろ」
「後でいたぶってやるぞ、鼎!」
 起き上がった鬼が、口々に負け惜しみを叫び、宝を探しに奥へ走った。
 数人を残して後を追う大伴衆。
 いつの間にか鼎の姿が消えていた。
 吹雪の彼方を望む雅。
 どうしているのだ火麻呂。時間をかけていては、海賊を殲滅した龍麻呂軍
が、兵庫の鼓を聴
きつけた羽咋軍団が、烽の白煙に誘われた越中射水軍団が救援に駆けつけてし
まう。焦る雅。
 能登の烽が煙を上げず、兵庫の鼓も鳴らなかった事を知らない雅、この国守
館の戦闘そのも
のが巧妙に仕組まれた狂言なのだ。
「ギャーツ!」
 奥の惨劇を物語る断末魔の叫びが聞こえてくる。
 待っても、待っても、吹雪の中から火麻呂の姿が見えて来なかった。
 私を許すな、火麻呂。
 火麻呂に永遠の愛を誓わせながら裏切った雅。
 地に潜って土竜になり、山に逃れて山犬となり、海の豚に成り果てたとして
も待つべきだっ
たのだ。
 風に揺らめく松明の灯り。
 広間の隅の柱で影が揺れた、消えた鼎がそこでうずくまっていたのだ。
 憤怒の形相で戻ってくる鬼の三兄弟、金色の鎖帷子が血に染まっていた。
「おのれ火麻呂!」
「宝など何処にも無い!」
「いまこそ決着を付けてやる!」
 柱の影が立ち上がった。
「その前に、我が呪いに掛かって死ね!」
「母親のように生首にしてやるぞ」
 じりじりと鼎に三方からにじり寄る三匹の鬼。
 残っていた大伴衆、家人と侍女が背後から鬼を襲うが、忽ちのうちに切り刻
まれ、殴られ、
踏みつけられて果てた。
 雅は懸命に考えた、金色の鎖帷子の意味を、黒い帷子は鋼で編まれているに
違いない、金色
の方は? 恐らく青銅に黄金が塗られている。良く見れば、網目が鋼の方に比
べて粗い。
 ようやくその意味を理解する雅、突けば弱いのだ、粗い網目に鋭い切っ先を
突っ込めば、肉
まで突き通せるに違いない。
 薙刀を捨て、家人の残した長槍を取って身構える雅。

 長槍で構える雅の眼前で、鬼と鼎の死闘が続いている。
「ボロンキュウキュウ如律令! 渇!」
 惨劇で本物の鬼と化した三兄弟にもう術が効かなかった。
 襷にかけた太刀を抜き放つ鼎、毒針で頬を膨らませて鬼を睨んだ。
 怯みながらも鼎に迫る三匹の鬼。
 ザッザッザッ、遠くから雪を踏みしめる音が聞こえてきた。
 聞き耳を立てた鼎に隙が出来た。
 背後の槌麻呂が鼎を左手一本で羽交い絞めにした。
 太刀を振り回してもがく鼎。
 南火血麻呂の戟で鼎の太刀が吹き飛ばされた。
 毒針を南火血麻呂に吹き付ける鼎。
 虚しく柱に刺さる毒針。
 槌麻呂が右手で鼎の背中から鎖帷子を引きちぎった。
 砕け散る鋼の鎖。
 槌麻呂のおぞましい手が鼎の直垂の内で乳房を弄った。
「キャーッ!」
 叫ぶ鼎の顔を掴んで口を塞ぐ槌麻呂。
 戟を投げ捨てた南火血麻呂が卑猥な笑みを浮かべて鼎の足掻く両足を抱え
た。
「ソレッ!」
 声を合わせてドンと座る二人、床が激しく揺れ、恐怖と衝撃で気を失う鼎。
 鼎の腰に丸太のような足を絡ませる槌麻呂、肌蹴た乳房を両手で弄った。
 南火血麻呂が鼎の小袴を引き千切った、その時、槍を抱えた雅が背後から突
っ込んで来た。
「ギャーッ!」
 背中から突き通る槍に断末魔の叫びを上げて倒れる南火血麻呂。
 鼎から飛び離れる槌麻呂、慌てふためいて得物を探した。
 ふらふらとよろめきながら槍を探す雅、槍を見付けられずに薙刀を取って戟
を振り翳す槌麻
呂に身構えた。
 荒れ狂う雪の中から黒い影が現れ、跳ぶように走ってくる。
 火麻呂だ、火麻呂がついにやって来たのだ。
 火麻呂の姿に気を取られた雅は背後で巨大な影が立ち上がるのに気が付かな
かった。

 走りながら手槍を肩で構える火麻呂、主殿の廊下に飛び乗り様、手槍を雅の
ほうに投げ放った。
 雅目掛けて飛翔する手槍、その短い瞬間で火麻呂と離れ離れになっていた雅
の時空が閃光の
ように脳裏を駆け巡った。
 私を許すな、永遠の愛を誓わせながら裏切ったこの雅を許すな。
「火麻呂ーッ!」
 悲痛な叫びを挙げる雅の頭上を手槍が掠めた。
「ギャーッ!」
 胸を貫かれた蛇火裟麻呂が倒れて行く。
 翳した戟を火麻呂目掛けて振り下ろす槌麻呂。
 ガキッ! 轟音を発した戟は火麻呂に届かずに鴨居を切り裂いた。
 鴨居の松明が床に落ち、地響きを出して倒れる蛇火裟麻呂が床を激しく揺ら
せ、炎が広がった。
 ドスン! ドスン! と、四股を踏んだ槌麻呂が火麻呂に向かって突進し
た。
 薙刀を横に払う雅。
 バチリ! 火花を放って薙刀を跳ね返す金色の鎖帷子。
 襷にかけた太刀を抜き放った火麻呂が、槍のように使って槌麻呂を突刺し
た。
 心臓を貫かれて即死した槌麻呂の巨体が火麻呂の上に覆い被さった。
 避けきれずに下敷きになる火麻呂。
 足掻く火麻呂、どうしても槌麻呂の巨体から逃れる事が出来なかった。
 呆然と立ち尽くす雅、鉢巻きの藤模様が炎を映して紅紫色に染まっている。
 炎に包まれた赤鬼が甦生して立ち上がった。
「キャーッ!」
 叫ぶ雅を掴んで頭上に翳す蛇火裟麻呂。
 忽ちの内に雅の藤衣が炎を上げた。
 床を這いめぐる炎が、槌麻呂の下で足掻く火麻呂と、燃え上がる炎の上で飛
天のように舞う
雅を突き放した。
「雅ーッ!」
 叫ぶ火麻呂。
 この期に及んでも、助けて! とは叫ばぬ雅、炎に焼き尽くされながら、
「蘇芳!」
 と、叫んだ。
「雅ーッ!」
「蘇芳!」
 祈るように叫ぶ雅。
 燃え上がる炎が天井を焼き尽くし、屋根もろとも火麻呂の上に崩壊して来
る。
「蘇芳!」
 紅蓮の炎と共に真っ赤な藤の花びらが舞い散り、今度は天から雅の声が降っ
て来た。

 ようやく主殿に駆けつける泥麻呂と蟷螂。
 炎の中から半裸の鼎が飛び出して来た。
「火麻呂はどうした!」
 叫ぶ泥麻呂に縋りつく鼎。
「泥麻呂! お前は死ぬな!」
 鼎を振りほどいた泥麻呂が用水池で水を被って炎の中に飛び込んで行く。
「火麻呂ーッ! 死ぬなーッ!」
「お頭ーッ!」
 蟷螂も泥麻呂の後を追って炎の中に消えた。
「ノウマク、サンマダー、バサラダン、ウン、ノウマク、サンマダー、バサラ
ダン、ウン」
 必死に真言を唱える鼎。

 八田郷の浜辺では、形ばかりの船戦を終えた能登軍団が休息を取っていた。
 香島の津では夥しい数の軍船が漂い、白銀の世界で無数の篝火が冬の星座に
も負けぬぐらい
に煌めいていた。
 炎上する国衙に心を痛める末麻呂。
「父上、国衙が燃えています」
「慌てるでない! お末。腹が減っては何も出来ぬぞ」
 悠々と湯漬けを啜る龍麻呂。
 比古麻呂と千賀が羽咋軍団を率いて浜に到着した。
「能登守殿愛発で御自害」
 床机に座る龍麻呂の耳元で囁く比古麻呂。
 満面笑みを称えた龍麻呂がすっくと立ち上がった。
「ものども、良く聞けッ! 逆賊大伴葛麻呂御自害! これよりこの能登臣龍
麻呂がこの国を預
かる!」
 一斉に立ち上がる能登軍団の兵士。
「ウオーッ!」
 歓喜の雄叫びを津波のように轟かせ、足を踏み鳴らし、伽和羅を叩いて天帝
に感謝を表し、
龍麻呂への忠誠を誓った。
 比古麻呂の耳元で囁く龍麻呂。
「彼の男いかがいたしましょう? 殺してしまうにはいかにも惜しい」
 比古麻呂が微笑みながら答えた。
「能登守殿の思うがままに」
 晴れ晴れとした顔で微笑む龍麻呂。
「お末、もう良いぞ、行くのだ」
「父上、賊は如何致しましょう?」
「良いかお末、この龍麻呂が治める能登に賊等が出るものか。火消しじゃ、火
消しじゃ、早く行
って火を消して参れ」
「はい」
 馬に飛び乗る末麻呂、国衙に向かって一目散に駆けた。
 慌てて後を追う能登軍団と千賀が率いる羽咋軍団。
 浜には龍麻呂と比古麻呂と数人の側近だけが残った。
 いつの間にか吹雪が止み、東の空が白んできた。
 二人の古豪の頬を西風が過った。
「おお、しかたの風で吹いてまいりました、能登臣」
「能登にようやく春が訪れます。今年も豊漁豊作間違い有りません。羽咋君」
 朗らかな笑顔で顔を見合わせる二人の古豪。

     2016年12月13日   Gorou

炎の男火麻呂、能登国風土記Ⅷ

2016-12-13 01:46:38 | 物語
 八
 神亀五年の年が過ぎ、天平と年号が変わった春、正月一日。
 首天皇は群臣と内外の命婦を中宮に招いて宴会を行い、身分に応じてあしぎ
ぬを下賜した。
 正月七日、朝堂院に五位以上の官人を招いて饗宴が行われた。

 京師の外れに、忘れられた一人の若き王が住んでいた。華やかな朝賀とかか
わりの無いその王の名は白壁王。天智系の施基皇子と道君伊羅都売の子であ
る。
 伊羅都売とは娘というほどの意味で、名が伝わっていないためこう呼ばれて
いる。また、天皇の孫を王と称し、八世紀に入ってから王は天智天武兄弟の孫
に限られていたが、文武天皇以来天武系が主流を成し、天智系は疎じられてき
た。その為、天智系のこの若き王の唯一の処世術は目立たぬ事であった。赤で
も青でもなく、白壁の如く秘やかに何事かを待って、ひたすら目立たぬように
暮らしていた。
 因みに、長屋王は天武天皇の孫であるから、本来は王と呼ばれるべきだが、
后の吉備内親王の位階が高いので親王と称すことを許されていた。

 その白壁王、正月だと言うのにたった一人で雪見をしながら漢詩を創ってい
た。それとて誰かに披露するあてなど無かったに違いない。
 母伊羅都売の甥道君苧人名が白壁王の為に精力的に動き回っていた。苧人名
は藤原氏と光明子に、井上内親王が伊勢の斎宮の任を終えた後には白壁王の妻
にと嘆願していた。井上の生母広刀自では無く、左大臣長屋王でも、橘の総師
葛城王でも、首天皇でも無かったところに、苧人名のしたたかさが見える。

 今、奥の間で、その苧人名が能登の古豪二人と密議を交わしている。
 やがて、二人の盗賊、火麻呂と泥麻呂が尋ねてきた。
「動かせる手下は精々五十、それだけで能登国衙を襲うことなど出来るもの
か」
 思わぬ好機に胸を躍らせながらも否定する火麻呂。
「盗賊の群れなどあてには出来ぬ。軍勢は此方で用意いたす。汝は指揮をする
だけで良い」
 と、比古麻呂。羽咋にその為の軍勢、新羅海賊の捕虜が飼ってあったのだ。
「最低二百は欲しい」
「二百でも千でも、必要なだけ用意する」
 苧人名が眉一つ動かさずに言った。
「二百で十分だ、多すぎても足手まといになる。だが高くつくぞ」
「金銀の他に褒美を与える」
「褒美?」
 含み笑いを浮かべて苧人名が火麻呂に答えた。
「葛麻呂の始末は、妻と子を含めて如何様にしても構わぬ」
 したたかな苧人名はそこまで調べ上げて火麻呂を刺客に選んだのだ。
「何故海賊を助ける。本当に海賊なのか? 首領の名は何と言う」
「それは明かせぬぞ。汝の為だ。知らぬ方が良い」
「まあ良いだろう。少し考えさせて呉れ」
「今決めろ。断れば生きて館を出られると思うな」
「面白い。今殺されるも襲った後始末されるのも同じだ」
 と、身構える火麻呂と泥麻呂。
「ハハハハ、ハハハハ」
 突然笑い出す三人の古豪。
「気に入った」
 と、苧人名。
「こやつなら成功するかも知れませんな」
 と、比古麻呂。
「安心しろ、火麻呂とやら」
 初めて龍麻呂が言葉を放った。
「こちらにも条件が有る。鬼を三匹所望したい。必ず鬼の三兄弟を連れて来
い」
「用心深く臆病な鬼達がおとなしくついてくるかどうか」
 火麻呂の前に袋を投げる苧人名。
 泥麻呂が中身を確かめると、大量の砂金の粒が出てきた。
「欲で釣ればよい。成功すればその二倍は払う。気付いているとは思うが、狐
と巫女を売ったのはあの鬼達である。捨てておいては今度は汝が売られるか殺
されてしまうぞ」
 火麻呂は勿論気付いていた。復讐の機会を伺っていたのだ。
「生死は問わぬ、いっその事汝の手で地獄に送ってやれ。その方が鬼に似合っ
ている」
 龍麻呂の一言で火麻呂の心は決まった。
「直ぐに能登に入れ、雪解け前に必ず決行するのだ」
 念を押す比古麻呂。

 羽咋郡司の一行に紛れて、火麻呂とその一党が能登国羽咋郡荒木郷に入っ
た。
 火麻呂、泥麻呂、蟷螂、鼎、鬼の三兄弟、般若党の七人は荒木郷に潜伏し、
夫々の思惑を秘めてその時を待った。
 火麻呂は一日中能登の方を睨んで思索を巡らし、鼎がそんな火麻呂を悲しい
眼差しで見詰め続け、その鼎を優しく見守る泥麻呂。
 泥麻呂が始めて鼎を見た時は、薄汚れた小汚い娘でしかなかったが、日を重
ねるごとに美しく、艶めかしくなっていく。化けているのか、素に戻っていく
のか分からなかった。この鼎は処刑された鼎の影だったと聞いていたが、それ
も分からないと思った。影にしては余りにも術の切れが冴えていたのだ。
 鼎は泥麻呂の愛妻馬酔木に少し似ていた。馬酔木よりも娘の楓にもっと似て
いた。
 きびきびとした動き、時折見せる愛くるしい笑顔など瓜二つだ、と泥麻呂は
思った。楓が生き続けたとすれば、鼎のような容姿をもった、小気味の良い、
小股の切れ上がった娘に成長するに違いない。
 一山越えた熊来郷の罪人、鬼の三兄弟は人目を恐れて隠れ家から一歩も外に
出なかった。欲に釣られてついて来たものの、後悔していた。昼間から寝転が
ってひそひそと火麻呂殺しの悪巧みを囁きあっていた。

 蟷螂は今日も増穂浦の松の根元で冬の海を眺めていた。
 なだらかな白い砂浜が続き、二つの岬に守られた増穂浦の海は冬とは思えぬ
優しい波で満ちていた。
 トントントン、潮風に乗って何かを叩く音が聞こえてきた。その音は左手の
河口の奥から聞こえてくるようだ。
 目を細めて見やる蟷螂。高い柵の向こうから二本の丸太がかすかに頭を出し
ていた。
「海が好きなのね」
 いつの間にか娘が傍らに佇んでいた。亀殿とか、お亀様と呼ばれている、般
若党の七人が寄宿している屋敷の母屋の娘だ。
「あの山はなんという山ですか?」
 蟷螂は富士に似ている小さな山を指差して娘に聞いた。
「高爪山」
 亀のおちょぼ口に似せた大きな口が開いて答えた。
「あの山は?」
 今度は高爪山の反対方向に聳える白い連峰を指差して聞く蟷螂。
「白山」
 大きく見せた目を細めて白山を見る亀。
「生まれて始めて海を見たのは、高爪山のような姿で白山よりも白く大きな
山、富士山の麓だった。それからずっと海の事が忘れられない、海は良い、海
は母親のように優しく大きく厳しい」
 寡黙な蟷螂が珍しく熱く語った。
「いつか、この海を越えて大陸まで行ってみたい。南の果てにある冥界まで行
ってみたい」
「だったら船乗りになれば良い」
「船乗り?」
 蟷螂は亀をまじまじと見た。こんなにちゃんとこの娘を見たのは初めてだっ
た。
 全ての釣り合いがなんとなく狂っていた。分厚い唇に紅をちょこんとつけて
おちょぼ口を造り、あるかないかの薄い目と団子のように丸い鼻に影をつけて
大きく高く見せようという、涙ぐましいまでの努力の跡が見えた。「化粧など
しないほうが余程可愛いのに」、蟷螂は思った、「亀というのは本当の名前だ
ろうか?」とも思った。まるでおかめのようにふくよかで愛くるしい顔をして
いるのだ。蟷螂は、取り澄ました美人、妹の鶴よりも姉の亀のほうが好ましい
と思った。
「いいもの見せてあげる」
 蟷螂の手を引いて、柵の方角に歩き出す亀。

 傍まで来ると、柵の高さは十間は優に越えていた。
 小さな扉が開いて大工たちがぞろぞろと出てきて、亀に会釈をしながら通り
過ぎて行った。
 笑顔を振りまきながら、蟷螂の手を引いた亀が柵の扉の前に立った。
「亀殿、よそ者は中に入れるわけには参りません」
 番人の若者が恐る恐る言った。
「よそ者では有りません、この亀の婿殿です」
「そんな話聞いていません」
「意地悪をしたら痛い目に遭いますぞ。良いのか、亀を怒らしたら鶴の傍には
一生寄れませんぞ!夜這うて来ても、妹の寝床には辿り着けぬぞ」
「ひどいことを言うな亀殿」
 扉を開ける亀、戸惑う蟷螂の手を引いて柵の中に入って行った。
「鶴に逢わせてやるから見なかった事にしろ」
 柵の外に佇む若者に亀の言葉だけが残った。
 驚きの余り立ち竦む蟷螂、眼前に見たこともない大きな船が聳えていたの
だ。
「凄い! これは凄い、大きい! 美しい!」
 思わず船の傍に駆け寄る蟷螂、亀が後を追って腕に縋りついた。
 振り返る亀の視線の先で三人の匠が図面を見ながら打ち合わせをしていた。
 棟梁らしき匠、母屋の主がチラッと娘の亀と蟷螂に視線を寄せた。
 蟷螂の腕を強く抱きしめ、亀が父親に笑顔を送った。
 厳つい匠の顔に微かに浮かぶ笑み。直ぐに真顔に戻った棟梁が匠たちになに
やら命じた。
「一体何人乗れるのだろう?」
 二十間以上はあろうかという船体に二本の帆柱が聳えていた。
「百人以上乗れると言っていた」
 朱色の巨体を見上げる蟷螂、船首に大きく、能登号と標されていた。
「能登号に乗りたいか? 蟷螂殿」
「ああ、乗りたい!」
「だったら水夫になれ」
「船乗か? いいなあ、だがどうすれば成れる」
「亀の婿に成れば良い」
 亀をまじまじと見詰める蟷螂。
「蟷螂殿は亀が嫌いか?」
 ポッと顔を赤らめる亀。
「いや・・・・」、首を傾げて考える蟷螂。
「嫌いでは無い。むしろ好きになれるかも知れない」
「だったら亀の婿になれ」
 蟷螂の胸に顔を埋めて縋りつく亀。
 顔を輝かせて能登号を仰ぐ蟷螂。
「この能登号の水夫になれるのか」
「ああ、亀の父は匠の棟梁で能登号の船長」
「この船ならどんな荒海にも負けない。荒れ狂う台風にだって勝てるに決まっ
ている」
 蟷螂の愛称を持つ若者、板振鎌束は、天平元年(西暦七百二十九年)一月、
後に従五位下の位階を授かる能登号と運命的な出会いをした。

 春の足音が聞こえてはいるが、寒さは更に厳しくなり、重ね着ならぬ如月、
二月。能登は未だに雪に閉ざされたままだった。
 その頃、春の嵐が平城で吹き荒れていた。
 二月三日、定員三百の東舎人、中衛府の衛士が突然千人に膨れ上がった。
 朝堂で内大臣中衛府大将房前を詰問する左大臣長屋王。
 知らぬ存ぜぬと、しらを切り通す房前。
 翌四日、西征していた宇合と麻呂が帰京し、藤原の兵士と中衛府合同の軍事
調練を佐保の河原で展開した。
 今まで好意的だった二人の行動に戦慄を覚える長屋王。子虫が宮城十二門を
守る門号氏族の間を奔走した。旅人は大宰府に在り、古麻呂は静観して動か
ず、やむなく大伴氏でも小物の子虫を使ったのだ。
 それでもおおむね好感触を掴んだ長屋王は藤原氏との決戦を決意し、能登の
葛麻呂に愛発関を抑えるように急使を出したのが二月六日未明。
 追っ手をかけながらわざと取り逃がす藤原氏。
 二月八日、急使が能登国守館に駆け込んだ。
 二月九日未明、葛麻呂と鹿人に率いられた能登軍団千五百が愛発目指して進
軍。
 二月十日、中臣連東人が「長屋王は秘かに左道を持って国家に謀反を企てて
います」と訴えでた。
 同日夜、式部卿藤原朝臣宇合、佐味朝臣虫麻呂等に率いられた六衛府の兵が
長屋王邸を包囲した。

 昼夜を違わず駆け抜けた能登軍団だったが、雪に阻まれ、十一日夜ようやく
愛発に到着した。
 愛発関に翻る中衛府と藤原氏の纛旙に愕然とする葛麻呂、それでも愛発関に
対して陣を張った。
「なんとか愛発を破れぬだろうか?」
「いいえ、良くて十に一つ。兵を平地に引く方が得策と思います」
 鹿人の心境は複雑だった。父の龍麻呂から軽はずみに戦を仕掛けてはならぬ
と命じられていたが、尊敬し目標としている高梓と叡智の限りを尽くして闘っ
てみたい、という誘惑が心に浮かんできた。それとて、滅びの美学でしかない
のは良く分かっていた
「十に一つでも勝ち目が有るのなら、賭けてみる価値は有ります」
 臆病な葛麻呂とも思えぬ大胆な発言をした。葛麻呂なりに覚悟を決めいてい
たのだ。
「関を一時的に占領した所でどうにもなりません。恐らく我が軍は孤立無援と
なっています」
 騎馬の斥候兵が急を知らせた。
「後方に軍勢が迫っています。恐らく越前丹生団かと」
 斥候の報告で、葛麻呂も鹿人も、「もはやこれまで」、と観念した。賊軍に
なったのだ。
 官軍、賊軍、という日本固有の概念は庶民や兵卒にはまだ芽生えていなかっ
た。忠誠心という点から考えたとしたら、能登軍団の兵士たちは、雲の上の天
皇に対するより、郷土の英雄熊来鹿人にたいする忠誠心の方が遥かに強かっ
た。
 しかし、大伴氏の葛麻呂と左衛門府に出仕していた鹿人には十分すぎるほど
現実を理解する事が出来た。藤原氏との戦にためらいを覚えるはずが無かった
が、近衛兵と言える中衛府に挑めば謀反であり、愛発関を畿外から襲えば叛乱
である。

 総大将高梓自らが単身で葛麻呂の陣を訪れた。
 鹿人と二人だけで梓と会見する葛麻呂。
「私には何が何だか訳が分からぬ。叛乱を起こしたのは藤原氏では無いの
か!」
 葛麻呂の問いに静かに首を横に振る梓。
「左大臣は如何なされていますか?」
「既に自害されているかと」
 がっくりと膝を落とす葛麻呂。
「ああ、遅かった、後半日早ければ、愛発関をこの手で落としていたなら」
「能登守殿、これで良かったのです。もし、そうなっていたなら、罪は御身一
つでは済みません」
「私一人が自害すれば済むのか? 罪は一族に及ばぬのか?」
 頷く梓。
「ああ!」
 はらはらと涙を落とす葛麻呂、梓の手を取って拝んだ。
 跪いて葛麻呂に応える梓。
「少将殿、毛虫と雅をお願いいたす」
「我が身に代えても必ず」
 なおも梓の手を握り締め、天を仰いで目を瞑る葛麻呂。
「少将殿、少将殿、雄々しくも華麗に羽ばたいた毛虫が天皇から節刀を授けら
れる勇姿がありありと見えます」
 葛麻呂の網膜には神秘の森で天皇から節刀を授けられる。、逞しくも美しく
成人した毛虫の姿が映っていた。
 木漏れ日が天皇の顔を照らし、宝冠が煌めいた。
 目を開ける葛麻呂、首を傾げて呟いた。
「ああ無念! 儚き夢で御座った。私の頭に浮かんだ天皇は女帝でした」
「さすがは能登守」
 大袈裟に驚いてみせる梓、葛麻呂の耳元でこう囁いた。
「次の皇太子は安部姫皇女に内定しております。正夢で御座います」
「おお、おお、そうであったか」
「この事は一部の高官しか知らぬ秘事、決して口外してはなりませぬぞ」
 大きく頷く葛麻呂、矢張り雅は賢かったのだ。
 再び目を瞑る葛麻呂。
 美しく聡明で強く優しい雅の血を継いだ若武者が節刀を戴いてすっくと立ち
上がった。
 輝く太陽が美麗なその勇姿を照らした。
 晴れやかな顔で梓に頭を下げる葛麻呂。
「これでこの世に思い残すことは何もありません。少将殿、おさらばで御座
る」
 刀子を首に当てて自害しようとする葛麻呂、覚悟の筈が、この期に及んで手
が震えて己が首を刺し貫くことがなかなか出来なかった。
 見るに見かねた梓が鹿人に大きく頷いた。
「能登守様御免!」
 背後から抱きかかえるようにして葛麻呂の自害を助ける鹿人。
 刀子が首を貫いた瞬間、梓の太刀が閃いて葛麻呂の首を切り落とした。
 哀れ葛麻呂、己が器量で内乃兵大伴氏に生まれた為、逆賊の汚名をきせられ
て草生す屍となり果てた。
   2016年12月13日   Gorou