アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

丘の上のマリア Ⅲ 加藤紗智子④

2016-12-21 19:49:12 | 物語

 恭平を連れ帰った時、母友恵はあからさまに不快な顔をしたが、紗智子も由
美も全く気に掛けません。松涛の加藤邸では口出し無用と約束させられていた
からと、友恵は一年の大半を芦屋の本家で過ごし、活動の本拠を関西に置いて
いたからです。
 恭平は従業員の住居に一室を与えられましたが、食事は由美の造った食事を
三人で摂りました。友恵は関西に居るか、東京でもパーティーやら会合やら接
待に明け暮れていたので、夕食時に松涛邸にいる事など全く有りませんでし
た。
 恭平は夢心地の毎日でした。大好きで優しい由美と、憧れの聖女紗智子と同
じ家で過ごせたのですから、当に至福の時でした。現に彼はこれ以上の幸福感
を生涯味わえませんでした。

 友恵と紗智子の関係は益々険悪になっていました。
 ある日の夕方、華やかに着飾った友恵が二階から降りて来ました。
 玄関に向かう友恵の後ろから紗智子が声をかけた。
「お母様」
「なあに」と、返事をしたが振り向く気配が無かった。
「娘がお願いしているのです。こちらをお向きになって」
「何なの?」と、ようやく紗智子の方に向き直る友恵。
「お母様、ちょっと」と、紗智子は軽く顎を笏って母を呼んだ。
「なんて生意気な娘なの、無礼にも程が有ります」と、激怒しながらも紗智子
の横に立った。
 紗智子は母の肩を押さえて百八十度回転させた。そこには壁一面の姿見が有
った。
 鏡には華やかで美しい友恵が映っていた。何よりも嬉しいのは、紗智子の姿
が自分の身体で隠れて見えない事だった。
 今更ながら自分の姿に見惚れる友恵。その顔の横に紗智子の顔だけが並んで
にやりと笑った。
「お母様、恥ずかしくは有ませんの?」
 笑った後、紗智子は全身を友恵の横に佇ませた。顔こそ瓜二つでしたが、肌
の張りも艶も潤いも、スタイルも容姿その物が段違いでした。
「いい年をして、死に損ないの孔雀のようですわ」
 青筋を立てて怒りまくる友恵、地団駄をふんで悔しがった。
「お黙り! 化け猫!」
「ハアッ! どっちが?」
「う・る・さ・い」と、叫んで紗智子を突き飛ばす友恵。
 不意を突かれて転がる紗智子、素早く立ち上がって友恵に向かって飛びかか
ろうとする。
 由美が抱きつき懸命に姉を制止した。
「お姉様! お願いやめて」
 由美を引きずりながら友恵に迫る紗智子。
「地獄に落ちろ! この雌豚」
「ふん、お前なんか殺して剥製にしてやるからね」
 捨て台詞を残して、友恵は表に走り出してしまいました。

 度々罵りあい、憎み合う母と姉に心を痛めていた由美でしたが、今日のよう
な修羅場は初めてでした。
 その由美の胸に響く、母の「殺して剥製にしてやる」という言葉に不安を募
らせます。母・友恵が望めば、一人や二人を抹殺する闇の力を持っている事を
知っていたからです。
 由美の不安は希有に終わりました。この日を境に二人の言い争いはピタリと
止みました。仲直りをした分けでは有りません、口を聞かなくなったのです。

 恭平の学力は驚く程上がって行きました。間違いなく合格出来ると紗智子は
安心しました。が、年末を控えて壁に突き当たってしまいました。覇気が無
く、ぼんやりと悩む姿が多くなったのです。

 そんなある夜、いつものように紗智子が家庭教師として恭平の部屋を訪れま
した。
 恭平は問題用紙に向かっていますが、殆ど筆が進みません。
 黙って見詰め続ける紗智子、彼のおでこを指で軽く弾きます。
「どうしたの? そんな事じゃ落ちちゃうぞ」
「俺、頑張りますから」
 そう言う恭平の眼に力が有りません。
「駄目駄目、今日は休みにしよう。シャワーでも浴びてきなさい。少しはスッ
キリとするから」
 そう言い残して、紗智子は部屋を出て行きました。
 暫くボンヤリと悩んでいた恭平、紗智子に言われたようにシャワーを浴びて
来ますが、又ボンヤリと悩み込んで終いました。
 恭平の紗智子への想いは募るばかりで、楽しかった紗智子との勉強の時間
が、段々辛くなっていたのです。
 息がかかるほどの近くに居ることが、悩ましくて堪らないのです。「俺、ど
うしちゃったんだろう?」
 その時、紗智子が部屋に戻って来ました。今度は何故かパジャマを着ていま
した。
 紗智子は恭平の前に膝を抱えて座り、顔を覗き込んで来ました。
「君くらいの年の男の子には良くある事なの。わたくしが治して差し上げま
す」
 何故か恭平の胸が激しく動機を撃ち、顔が紅潮していました。
「眼を瞑りなさい」
 言われるが儘に眼を瞑ると、何かが近づいて来る気配、息が恭平の顔に吹き
かかり、その口が何かに塞がれてしまいました。
 夢見心地で薄目を開ける恭平。その時には紗智子の顔と唇は離れて行きま
す。
 今度は恭平の顔を優しく抱き寄せる紗智子、その右手がパジャマのホックを
外して行きます。胸には何も付けていません。
「好きにして良いのよ」
 左の乳首を口に含み、右の乳房を揉み拉く恭平。知らぬ間に紗智子の左手が
下腹部を弄っていました。いつの間にか全裸にされていました。
 痺れる快感が全身を貫き、恭平は紗智子の掌で果ててしまいました。
「初めてだったの?」
 無言で顔を赤らめ、項垂れる恭平。
 紗智子はティッシュで恭平の後始末を優しくして、濡れタオルで綺麗に拭っ
て呉れました。
「元気を出しなさい恭平。恥ずかしがっては駄目。君は立派なお・と・こなん
だから。ホラッ」
 恭平は紗智子の掌で早くも復活をしていた。
「こんなに立派じゃないの」
 紗智子は恭平の腰に跨がり、恭平自身を彼女の入り口にあてがって、ゆっく
りと身体を沈ませて行きます。
「今度は、わたくしが良いと言うまでいっては駄目よ」
「ハイ」と、眼を瞑って懸命に堪える恭平。ゆっくりと紗智子の中に導かれて
行くのが分かった。

 すっかり覇気を取り戻した恭平は東大を受験し、この日は意気揚々と合格発
表に向かった。矢張り合格していた。
 紗智子の待つ加藤邸に急ぐ恭平。電話などで無く、己の口で報告したかった
からだ。少しだけ、褒美を期待していました。
「紗智子姉さん、受かりました、お陰様で合格しました」
 恭平の報告を涼しげに聞き流している紗智子、恭平の前にアパートの案内書
を置いた。
「当然です。わたくしは信じていました。これは君が明日から暮らすアパー
ト。十時に引っ越し屋が来ますから、今夜の内に荷物を纏めなさい」
 合格した翌日、恭平は加藤邸を追い出されてしまいました。手を付けずにす
んだ工場の支給金と、紗智子が援助を続けて呉れたおかげで,東大を卒業。弁
護士事務所に就職も適ったのです。もしかしたら、紗智子と加藤家が裏で手を
回していたのでは? と、思いましたが。これは全く彼自身の実力で勝ち得た
物でした
     2016年12月21日   Gorou

丘の上のマリア Ⅲ 加藤紗智子③

2016-12-21 11:49:14 | 物語

 御母衣恭平は高二で父・宗介を亡くし、高三の冬、頼みの母・俊子が重い病
に臥せった。東大受験の直前だった。
 看病の疲れと、将来の不安に苛まれる恭平。虚ろな眼で病床の母・俊子を見
詰めていた。
 俊子の唇がかすかに動いていた。何か歌っていめようだ、怨歌のように聞こ
えたが、なぜか懐かしかった。幼き日々が過ぎった。
「恭平、ああ、可愛そうな恭平。お前は一人で生きていくのよ」
 勿論恭平には分かっていたが、覚悟がまだ定まらなかった。
「恭平、あの家には近づいては駄目。罪と怨念の渦巻いた、あの加藤家には」
 これが俊子の最期の言葉になった。

 恭平は東大を諦めた。たとえ試験に受かったとしても無一文の彼は入学が出
来ない。働くしか方法が無かった。もしも幸太叔父さんが生きていたら、面倒
を見て呉れたかも知れない、頭の片隅で浮かんだりした。
 彼は普通の方法での就職を選ばなかった、どうせ十か月ほどで離職して受験
勉強を再開して、来年東大を受験するのだ。
 恭平は、浜松の自動車工場での期間工を選択した。無欠勤と期間満了でかな
りの報奨金が貰えたからだ。数ヶ月の生活費と受験と入学の費用が貯められる
計算になった。

 恭平は浜松へと旅立つ。
 紗智子だけが未練だった。二日間、恭平は松涛加藤邸の回りをうろついた、
一目でも紗智子の姿を見たかったのだ。
 紗智子の姿を見ることは出来なかった。が、加藤邸の門戸を叩くことはしな
かった。紗智子が現れたとしても、物陰から見詰めるだけだと自分に言い聞かせ
ていたからだ。

 恭平は懸命に働いた。可能な限りの残業を志願したため、寮では睡眠を取る
のが精一杯で勉強など適わなかった。なれれば出来る、たとえ一時間でも、三
十分でも良い、毎日続けられれば学力は落ちない。と、死にものぐるいで働い
た。
 あっという間に三か月が過ぎ、五月に入った、この工場でもゴールデンウイ
ークの休暇は有ったが、ラインが動かないだけで、何らかしらの雑用は有っ
た。

 五月五日、恭平が食堂で昼食を取っていると、アナウンスが流れた。
「御母衣恭平さん、ご面会です。第一工場玄関までお越し下さい」
 誰だろう? まるで見当が付かなかったが、恭平は昼食を掻き込んで玄関に
向かった。
 玄関には若い女性が立っていた。キリリとした立ち姿は目にしみるほど美し
かった。胸をときめかして近づくと、矢張り紗智子だった。
「紗智子姉さん、どうしたのですか?」
「決まってるでしょう。君を迎えに来たのよ」
「何処にですか?」
「東京、わたくしの家」
「急になんて無理です。俺、工場にも話してないし」
「わたくしが話をつけておいたわ。早く支度していらっしゃい」

 今、恭平は憧れの聖女・紗智子と、新幹線の一等席に並んで座っている。新
幹線自体が初めての経験だった。赴任するときは運賃を節約して東海道線を使
ったからだ。
 浜松を出て直ぐ、サービスワゴンが来た。
 紗智子が売り子を呼び止めた。
「ウナギ弁当下さいな」
 売り子から恭平に視線を移す紗智子。
「一つで良い?」
「紗智子さんは?」
「わたくしは良いわ」
「俺、昼飯食べたばかりなんです」
「君は食べ盛りの男の子なんだから」と、
「二つお願い、お茶も二つ」
 恭平は膝に置かれたウナギ弁当の一つを貪るように食べます。こんな美味い
物は初めてでした。父・宗介に連れられて加藤家に行った時も、食事は遠慮し
て自宅で夕食をとりました。宗介の教育方針でした。加藤家の贅沢な食事は恭
平の為にならないと知っていたからです。
「どうして、あの工場で働いていると分かったのですか?」
 難しそうな原書から目を外して、紗智子が答えます。
「あの工場は加藤家の傘下なのよ」
 恭平は夢でも見ている心地でした。紗智子さんは俺のことを心配して、探し
出してくれたんだ。
 
 恭平を探し出したのは紗智子では無く高校三年の由美でした。
 由美は幼友達の恭平が両親を亡くした後、姿を消したのを心配して、興信所
を使って探し当てたのです。
 まず紗智子に報告しました。
「お姉様、恭平君が見つかりましたわ」
「きょうへい?」
 紗智子は二三度しか逢っていない御母衣恭平を覚えていない。
「お父様の従弟で幼なじみの宗介叔父様の息子さん」
「ああ」
 やっと思い出しましたが、顔まで出て来ません。
「浜松の自動車工場で働いていたの」
「どうして?」
 姉の反応の悪さに、由美は事の顛末を説明する羽目になってしまいました。
彼女は姉が、見かけほど冷酷で無い事も、才能有る者が不当に才能を生かせる
場を奪われる事を嫌う性格だと知っていました。
 その後、由美は浜松の工場長と連絡を取りました。

 新幹線ではウナギ弁当二つを平らげた恭平が、懐から給与袋を取り出して中
を覗き見していました。慌ただしく去ったのに、彼の給料はちゃんと用意され
ていたのです。仕組みが分かりませんでした。
 明細書を見て、恭平の眼が固まってしまいました。彼の想像を遙かに超えて
いました。満期の遙かに前の退職に関わらず報奨金が全額支給されていただけで
無く、無遅刻無欠勤とか、勤務態度と勤勉で優秀だったとか、色々な事をでっ
ち上げて支給額を増やしてたのです。工場長の加藤家へのおべっかの他何でも
有りません。
 そんな恭平を紗智子が首を傾げて見てました。
「これ、俺は五月は四日しか働いていないのに、これ」
 紗智子は恭平から明細書を取り上げて、ざっと目をとおします。
「七十万とちょっとか、呉れるんだからいいじゃない。無駄遣いは駄目よ、君
が東大に入学してから、一人で生きていくのに必要なお金なんだから」

 東京に連れてこられた御母衣恭平は、紗智子の松涛邸の従業員住宅に寄宿を
して東大を目指す事になった。一切の生活費は紗智子が援助したので、工場か
ら支給された金を使う必要は無かった。
 更に、紗智子は毎晩のように恭平の家庭教師をした。

    2016年12月21日   Gorou