「有線インフラがなかったところは、無線インフラが進むということもありますから。そのようにして行くしかないでしょうね。
」
<菅政権はICT行政体制で、安全な陸域、海域、空域、宇宙域、サイバー域ICT環境で信用・安心サービスに必要なヒト・モノ・カネを整備か>
<光有線網と短距離無線スーパーブロードバンドとの統合運用か>
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☆弧状列島,共助,IoT、スーパーブロードバンドモニタリング即時同報多地点伝達テレワーク
☆弧状列島,共助,肺炎ウイルス三密「「密閉・密集・密接」問題解消、平時・非常時の安全なICT環境で安心WEB会議、授業及びコンサート普及促進
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菅政権は「働き方」をどう変えるのか~日本郵便の格差是正訴訟で契約社員側が勝訴
By - NEWS ONLINE 編集部 公開:2020-10-16 更新:2020-10-16
ニュース飯田浩司のOK! Cozy up!飯田浩司松井孝治
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(10月16日放送)に元内閣官房副長官で慶應義塾大学教授の松井孝治が出演。日本郵便の格差是正訴訟で契約社員側が勝訴したニュースについて解説した。
菅総理のバイブルは梶山静六氏の『破壊と創造』(注1)
飯田)個別的なところの方が見出しが立つし、話題になりやすいので、そういうミクロの政策をやっていますが、全体の流れとして、こういうところが見えているのでしょうか?
松井)梶山静六さん
<梶山 静六(かじやま せいろく、1926年〈大正15年〉3月27日 - 2000年〈平成12年〉6月6日)は、日本の政治家。衆議院議員(9期)、自治大臣(第36代)、国家公安委員会委員長(第46代)、通商産業大臣(第51代)、法務大臣(第52代)、内閣官房長官(第60代、第61代)、自由民主党国会対策委員長(第35代、37代)、自由民主党幹事長(第29代)などを歴任した。竹下派七奉行の1人に数えられる[2]。
北朝鮮による日本人拉致を認める政府初の公式答弁[編集]
1988年3月26日、参議院予算委員会で日本共産党の橋本敦が、1978年7月から8月にかけて福井県(地村保志・濱本富貴惠)・新潟県(蓮池薫・奥土祐木子)・鹿児島県(市川修一・増元るみ子)において発生した若年男女の行方不明事件、富山県高岡市で発生した若年男女の拉致未遂事件、さらに「李恩恵」(田口八重子)及び金賢姫等について質問を行う。これに対し当時国家公安委員長であった梶山は、と答弁した。これは北朝鮮による日本人拉致事件の存在を政府が認めた初めての公式答弁である。これに続き外務大臣宇野宗佑は「我々の主権が侵されていたという問題」「全くもって許しがたい人道上の問題」「強い憤り」「主権国家として当然とるべき措置はとらねばならぬ」と答弁。法務大臣林田悠紀夫は「我が国の主権を侵害するまことに重大な事件」「判明したならばそこで処置」と、更に警察庁警備局長城内康光は「一連の事件は北朝鮮による拉致の疑い」「既にそういった観点から捜査を行っている」と答弁し、北朝鮮による日本人拉致について政府の認識を示した。
2000年1月30日、交通事故に遭ってから体調を崩し、3か月後の4月25日に政界引退を表明。同年6月6日午後3時45分、閉塞性黄疸のため国立がんセンター中央病院で死去、74歳だった[
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%B6%E5%B1%B1%E9%9D%99%E5%85%AD
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という方が、亡くなる直前に書かれた
『破壊と創造』
という絶版となっている本があります。
飯田)講談社から出ている。
松井)これをたまたま、私の知り合いから借りて持って来たのですけれども、バイブルはこれだと思います。
飯田)梶山さんは菅総理の師匠ですよね。
松井)菅総理は、まだ統合的にはビジョンを出されていません。携帯料金を下げる、ハンコをなくすなど、わかりやすいものを出しています。これは、「初期には抽象的な理念より、わかりやすい成果を出す」という竹中さんの知恵です。しかし、これから出て来ると思います。
飯田)梶山さんが唱えた90年代終わりの問題意識が、いまもそのまま残っているのが日本の社会というわけですか?
松井)まさにそうです。そしてさらに世の中がテクノロジーを含めて加速していて、そこに日本は2周遅れくらいになってしまっている。しかしそれを逆手に取って、大きなイノベーションにつなげればいいのです。
有線インフラがなかったところは、無線インフラが進むということもありますから。そのようにして行くしかないでしょうね。
(注1)PRESIDENT 2008年12月29日号
街風 隆雄(つむじ・たかお)
経済ジャーナリスト
1947年生まれ。73歳。71年慶応義塾大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。経済部記者として産業キャップ、金融キャップ、経済部次長、静岡支局長、本社編集委員などを歴任。2007年独立。著書に『私の源流―トップ経営者からのメッセージ』(朝日新聞社)などがある。
パナソニック 中村邦夫会長―「破壊と創造」支える静かな突破力
中村邦夫●パナソニック会長
1939年、滋賀県生まれ。81歳。62年大阪大学経済学部を卒業後、松下電器産業に入社。89年米松下電器パナソニック社社長、96年常務、97年専務兼AVC社社長、2000年社長、06年より現職。2008年10月パナソニックに社名変更、会長に就任。社長時代には「破壊と創造」をスローガンに事業部制の解体や2万人の人員削減などを断行。同社をV字回復に導いた。
中村邦夫の「静にして幽」
未来のためには「遺産」をも捨てる