<政府高官らの「表向きの楽観論」と「非公式の場での悲観論」のギャップ。もっと怖いのは、バイデン大統領の言葉がどんどん壮大になっていること>
毎年2月に世界各国の首脳が集まって、外交や安全保障を話し合うミュンヘン安全保障会議。今年の話題を独占したのは、当然、ウクライナ戦争だった。ただ、出席者の間には、2つの重要なギャップがあるように感じられた。
①第1のギャップは、この戦争に関する幅広い認識や、好ましい対応策に関する欧米諸国とグローバルサウス(途上国の大半が位置する南半球)の見解の違いだ。
欧米諸国のリーダーたちはウクライナ戦争を、現代の世界でダントツに重要な地政学的問題と見なすきらいがある。
アメリカのカマラ・ハリス副大統領は「世界の隅々にまで影響を及ぼす」問題だと語り、ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相は、ロシアの完全な敗北と撤退以外の結果は「国際秩序と国際法の終焉」を意味すると主張した。
つまり、ウクライナ戦争には、法の支配や自由世界の未来が懸かっているというのだ。
だから、ウクライナが迅速かつ断固たる勝利を収められるように、必要な武器や援助をいくらでも提供するべきだと、彼らは主張する。
だが、欧米諸国以外の世界の考えは違う。
もちろん、ロシアのウクライナ侵攻や、ウラジーミル・プーチン大統領を擁護するリーダーはいなかった。
だが、インドやブラジル、サウジアラビアをはじめとする「それ以外の国々」は、欧米主導の対ロシア制裁に参加していないし、この戦争をさほど終末論的に見ていない。
これはそんなに意外な反応ではない。
彼らにしてみれば、法の支配や国際法の遵守を強いる欧米諸国の態度は偽善にほかならず、自分たちが道徳的優位にあるかのような押し付けに憤慨している。
そもそも、欧米諸国が遵守を強いる国際法は、欧米諸国が作ったものであり、都合が悪いときは平気で踏みにじってきた。
2003年のアメリカのイラク侵攻がいい例だ。
あのとき法の支配に基づく秩序はどこにあったのかと、欧米以外の国は考えているのだ。
〇クリミアより気候変動
グローバルサウスの国々は、ウクライナ戦争の行方が21世紀の世界を決定付けるという欧米の主張にも納得がいかない。
彼らに言わせれば、クリミアやドンバスの運命よりも、自国の経済発展や気候変動、移民、テロ、中国やインドの台頭のほうが、よほど人類の未来に大きな影響を与える。
大体ウクライナ戦争は、食料価格の高騰などグローバルサウスに大打撃を与えており、勝利するまでウクライナに戦争を続けさせるよりも、早く戦争を終わらせることのほうが、これらの国々にとっては重要だ。
前述したように、だからといってグローバルサウスがロシアを支持しているわけではない。
ただ、これらの国には独自の国益があり、彼らはそれを重視した政策を取りたい。
これはウクライナ戦争があろうがなかろうが、欧米諸国とそれ以外の国々の間の溝は続くことを意味する。
➁ミュンヘンで気が付いたもう1つの大きなギャップは、ウクライナ戦争の行方について政府高官らが表向きに示す楽観論と、非公式な場で見せる悲観論の差だ。
ハリスやベアボック、アントニー・ブリンケン米国務長官らが登壇したメインイベントでは「西側」の結束や最終的な勝利など威勢のいい言葉が相次いだ。
ミュンヘン会議の直後に、ジョー・バイデン米大統領がウクライナを電撃訪問してウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会ったときもそうだった。まだ厳しい日々が続くだろうが、やがて手にする勝利に焦点が当てられていた。
だが、非公式の場で交わされた会話は、もっと暗いものだった。
今後1年間、どんなに莫大な支援をウクライナに与えても、戦争が早く終わるとか、ロシアに奪われた領土(クリミアを含む)をウクライナが奪還できると語る人はいなかった(ただし筆者が出席した非公式ミーティングに、主要国のトップクラスの政府高官はいなかった)
筆者が話を聞いた人のほとんどは、過酷な膠着状態が続き、ひょっとすると数カ月後に停戦に至る可能性があると言っていた。
つまり欧米のウクライナ援助が目指しているのは、勝利ではない。
本当の目標は、いざというときにウクライナが停戦交渉を有利に運べるようにすることだ。
〇次期米大統領選にも影響
表向きの楽観論と、非公式な場で聞かれる現実主義的な見解のギャップは、なんら驚くべきことではない。
戦争中の国のリーダーは明るい展望を力強く語り、国民の士気と同盟国の結束を維持する必要がある。
また、自分たちは勝利できると自信を示し、何が何でも戦い抜くと断言することで、敵に目標の下方修正を強いる必要もある。
たとえ交渉に応じるべき時だと思っても、それを口にすれば、交渉における自らの立場が弱くなり、希望以下の結果を招くことになる。
筆者が心配なのはこの点だ。バイデン政権のウクライナを支持する言葉は、どんどん壮大なものになっており、ハリウッド映画的なハッピーエンドを約束するようになった。
バイデンのウクライナ訪問は、彼のバイタリティーと、ウクライナを支持する決意をアピールする大胆な行動だった。
だがそれは内容的にも、視覚的にも、バイデンの政治生命をこの戦争の結果に直接結び付けることになった。
もし、バイデンが約束を実現できなければ、今は説得力があるように見えるアメリカのリーダーシップが、来年には輝きを失っているだろう。
ロシアの侵攻から2年目となる2024年2月にも、戦況が膠着状態にあり、ウクライナが破壊され続けていたら、バイデンは支援を一段と強化するか、次善の策を探すプレッシャーにさらされる。これまでの壮大な約束を考えると、完全な勝利以外のものは失敗に見えてしまうだろう。
さらに、中国がロシアへの支援強化を決めたら、バイデンは世界第2位の経済大国に追加制裁を科さなければならない。
それは新たなサプライチェーン問題を引き起こし、現在進んでいる経済の立て直しが危うくなる。
そうなれば、24年の米大統領選で、共和党大統領候補の座を狙う面々(そのうちの1人は特に)は、舌なめずりして喜ぶに違いない。
From Foreign Policy Magazine
動画:29分15秒頃】ミュンヘン安全保障会議でのゼレンスキー大統領のスピーチ -6分ー