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『70年代 若者が「若者」だった時代』 その1

2012-10-29 21:15:42 | Weblog

 『70年代 若者が「若者」だった時代』(『週刊金曜日』編集部編 金曜日 2012年刊) 

 本書は、70年代について『週刊金曜日』に24回にわたって連載されたエッセイを一冊にまとめたものだ。書き手はテーマごとにそれぞれ違う。懐かしのメロディを聞くようなフワッとした70年代になっている。(駄本ですよ!)

 1954年生まれの私は、1970年4月から高校生、1973年4月から1年間浪人、1974年4月から1980年3月まで6年間の学生だったことからも、70年代人間そのものである。

 自分史を書くほど昔を振り返る気分になれないが、本書でサラッと触れられているテーマとその時代の自分との接点を記す。

 1970年 『阿久悠 社会現象を創った男 「歌は世につれ」ではなく「世が俺の歌につれ」たのだ』(鈴木耕) フォークソング世代の私からは遠い所の出来事だった。1978年頃に先輩の結婚式で「UFO」を踊ったこともあるが。

 『田中美津と榎本美沙子 ウーマン・リブが担った矛盾とはざまを今も凝視する』(田中優子) 1975年頃だったと思うが、一度だけリブの活動家の集会に行ったが、光と音楽のパフォーマンスがあったような記憶だけが残っている。

 『検定官を萎縮させた家永三郎 三二年の教科書訴訟』(高嶋伸欣) 古代史から始まると時間切れになって、争点になった現代史部分を教えないことの方が問題だと思った。

 『現代人の「まつり」に爆発させた岡本太郎の意志と野望』(北村 肇) 大阪万博については、太陽の塔と三波春雄の「コンニチハ」しか覚えていない。

 『ちばてつや「あしたのジョー」が渡った1970年という橋』(田沢竜次) 残念ながら漫画を理解できない私にとっては、同時代性を感じることができない話題。

 1970/1971年 『三島由紀夫と高橋和巳 学ぶべきものはすべてこの二人に学んだ』(鈴木邦男) 1970.11.25この日を覚えている。高校1年生の昼休み、釧路支庁の食堂のテレビで観た事件。

 1971年 『ニクソンショックがドルの大幅下落とマネー経済病を生んだ』(山田厚史) 1971.8.15この日を覚えている。日曜日だったと思うが、自宅で昼のニュースに流れた。意味するところは良くわからなかったが、大変なことが起こったと思った。

 『日活ロマンポルノ 日本映画低迷期に吹いた新しい風』(寺脇 研) 私が一番映画を観たのは、1974年から75年頃だったと思う。日活よりもATG作品に魅入っていた。喫茶店での自主上映にも行った。『青春残酷物語』の桑野みゆきが言いと思った。

 『『二十歳の原点』と高野悦子が残した激動の日々の記憶』(成澤宗男) 浪人をしていた1973年、衝撃的な出会いだった。「ひとりであること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である」という言葉は、私にとってのスタートでもある。

 『保革伯仲時代ゆえに、司法の右旋回を狙った青法協攻撃』(宇都宮健児) 1973.9.7この日、私は札幌地裁前で下宿の浪人生仲間と一緒に長沼ナイキ訴訟判決を目撃した。福島重雄裁判長の名前は今も記憶している。

 1971/1975年 『戦争責任問題を浮上させた昭和天皇裕仁の二つの「海外訪問」』(天野恵一) 今から思えば「Xデー」はまだまだ先のことだった。

 

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