GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

龍馬伝「薩長同盟ぜよ」

2010年08月31日 | Weblog
 <薩長同盟>という奇策の成立によって、江戸幕府はどうにもならない状態に追いこめられます。このままでは日本を二分する全面戦争が避けられないはずだったのです。ここで龍馬はまたも奇策中の奇策<大政奉還>を考え出します。そして弱体化した江戸幕府はこの奇策を受けざるを得なかったのです。<薩長同盟>と<大政奉還>という奇策は日本にとって国力を疲弊させることなく、明治維新へと導いたのです。

 もし、あのまま全面戦争にでもなっていたら、江戸城無血開城のような奇跡が起こらず江戸が火の海になっていたら、日本人同士で殺し合いを続けていたなら、きっと清国の香港のように幾つかの都市や島が諸外国に租借されるような目に遭っていたかもしれません。だからこそ、龍馬は靖国神社に祭られることになったようです。

*下関戦争の講和の際、長州藩は四国連合側(英・仏・蘭・米)のすべての要求を受け入れるしかなかった。しかし、彦島の租借だけは断固として高杉が拒否したと、後年になってこの交渉の時に長州側の通訳をした伊藤博文が述懐している。高杉の努力によって彦島が香港のような外国の領土になるのを防いだという逸話。

 幕府崩壊後、間髪入れずに成立した明治政府は、薩長の藩閥政治と云われましたが、殖産興業、富国強兵政策を強行し、近代国家へと急速な発展を遂げていきます。見事というほかはありません。龍馬が望んだ、議会制民主主義にはほど遠い展開でしたが…。この奇跡のような展開が、資本主義社会へと邁進し、後の「JAPAN IS NO.1」の礎を築いたことは云うまでもありません。世界で類を見ないほどの勤勉で忠誠心の高い日本民族の血は、264年間も続いた江戸時代の主君に尽くす武士道のDNAが根底にあったように感じてなりません。


同じ時代、アメリカでは南北戦争が起こっていました。
(American Civil War, 1861年 - 1865年)

(北部=資本主義社会、保護貿易、中央集権、奴隷制反対、共和党)
(南部=奴隷制社会、自由貿易、各州自治、奴隷制維持、民主党)

 日本で云うと、北部が薩長、南部が幕府と云えます。南北戦争は北部が勝利し、日本と同じく近代国家、つまり資本主義社会へと突き進むことになります。時代が大きく変わろうとする時、司馬遼太郎はいつも「時代が、天が、役目を果たす人物を送り込む」と描いています。 リンカーンや龍馬は、奇しくも同じ役目を果たし暗殺されることになりました。アメリカと日本はそういった目で見るととても類似しているように思えてなりません。


「龍馬伝」、物語はいよいよ終盤です。今までの龍馬ドラマで私にはもっとも共感できる描き方をしています。これからの展開が分かっているだけに別れを惜しむ気持ちが高まります。弥太郎がまるで道化回し役のように描かれているのが、今までのドラマにはない展開ですが、これもまた岩崎弥太郎という人物を、幼い頃からの家族構成や周囲の環境を初めて知り得た意味で、とても有意義だったように思います。(三菱一族からはあまり良く思われていないようですが…)

「8月の道頓堀&スマイル0円」

2010年08月24日 | Weblog
今夜は難波、道頓堀で串カツ三昧。
新世界から難波に進出してきた串カツ専門店「だるま」で16本、
連れ添いは7本&にゅう麺、ソフトドリンク3杯、合計で4,320円でした。
昼は37度を超える猛暑にも関わらず、久しぶりに一人でゴルフ練習場で汗を流し、
夜は連れ添いと二人で難波に繰り出しました。

 盆明けとはいえ、大変な人出でした。串カツの「だるま」でオーダーを取ってくれたのは<タキ>という可愛い笑顔の中国人女性でした。とても素晴らしい笑顔に驚きました。飲食店(飲み屋を除く)で働く若い人はあまり笑顔がないのが普通ですが、<タキ>ちゃんの笑顔は格別でした。きっと日本語を猛勉強してきたのでしょうが、性格的なものを感じました。カウンター内にいた若い日本女性二人は長い睫毛を貼り付け、しっかり化粧していていましたが、美しいにも関わらず笑顔はまったく見られませんでした。(奥にいたもう一人の中国系男性も無表情)タキちゃんの笑顔が店内で群を抜いていました。自分にオーダーを云ってくれる私にうれしくてしょうがないといった表情で、私は3回も彼女の笑顔見たさに注文してしまい、16本も食べてしまいました。

マクドナルドのメニュー板に「スマイル 0円」というのが掲げられていますが、日本独自発祥のシャレという話ですが(例外:ハワイのマクドにはSMILE 0.0$があるそうです)、他の外国にはないようです。

私は「スマイル 0円」をこのように解釈しています。
「サービスの一環で笑顔を振り向いているのではなく、
 この笑顔は100%、本心の笑顔ですよ。だからお金はいただきません。」
こんな意味だと独り合点しています。

 28年前、私は名古屋の山手通りでD店の店長をしていました。その時、飛びっきり笑顔がいい女子大生がいたので、レジとご案内の専門職種に抜擢しました。この店は学生街のど真ん中にあり、また八事霊園という大きな霊園も近くにあり、まるで東京の青山通りに似た立地でした。忙しい日は7:00-15:00(Dシフト)で800名以上入る当時の一番店でした。
 彼女の笑顔があまりに素晴らしい為に、若いお客様が何度も勘違いして電話で連絡してきたり、店内でもナンパが幾度もあり、私はその間に入って苦労した記憶が残っています。彼女の笑顔は私が知っている従業員(約2,000名)の中でピカイチだったと今でも思っています。誰もが本心と思える笑顔を振りまいていたのです。そんな笑顔を見たことのない男性は自分だけの笑顔と勘違いしてナンパをかけてきたのです。

 仲の良い従業員同士ならとてもいい笑顔で話しているのに、お客様にはどうしてもその笑顔を出せない若い従業員がたくさんいます。そんな子が訓練でなんとか笑顔を出せるようになりますが、「スマイル0円」の人(誰に対しても同じ素晴らしい笑顔ができる人)には遠く及びません。笑顔は幸せを招くように思っています。

 こんなことを偉そうに語っていますが、先日阿倍野のキハチでイタリアンを食べた際、ラストのデザートを出されたとき、フォトプレゼントがありました。自分でもあんまりニタニタするのはバカみたいなので、それでも意識してニコッとしたつもりだったのですが、いただいた写真の中の私はニコリともしていませんでした。目が笑っていなかったのです。自分でも本当に驚きました。

 「これが俺の笑顔?」

笑顔が幸せを招くと偉そうに語っているにも関わらず、目はそうではありませんでした。

皆さん、笑顔にはくれぐれもご注意を!

「坊や、いったい何を教わって来たの?!」

2010年08月08日 | Weblog
「坊や、いったい何を教わって来たの?」

これは山口百恵の名曲「プレバック Part.2」の詞の一節。
そして、最後にこう続く。

「私やっぱり 私やっぱり 帰るわね
 あなたへのもとへ
 Play Back Play Back…」

私なりに歌の物語を推測してみた。

女としての振る舞いを教えてくれた年上の人。
(「私一人旅なの 気ままにハンドル切るの」)

そんな彼との不毛の愛を捨て、独りで生きることにした。

気ままに同じ年頃の人と付き合ってみる。

しかし、あまりにも身勝手な振る舞いに嫌になってしまった。

そして、最後にこのセリフを言い放つ。

「坊や、いったい何を教わって来たの?」
「私だって、私だって、疲れるわ」
「私やっぱり、私やっぱり、帰るわね」



経験豊かな男性との付き合いに比べ、
若い男との薄っぺらい逢瀬に、嫌気がさしてしまう。
その哀しさは自らの歳をも改めて考えさせてしまう。

恋愛に対しての深い想いやその数が勝っている女性からみれば、
経験の少ない若者では到底太刀打ちできるはずがない。
同い年では女性の方が、遥かに深く恋愛し人生を歩んでいる場合が多い。
女性は幼くして生理を経験し、大人になることを先行して肉体的に学んでいくからだ。
当然、男性より精神的に先行するのはいうまでもない。

経験豊かな男性の優位点は、
周囲の出来事への深い考察と相手が望むことを推測できることだ。
情報や知識も与えることもできよう。
そして、合わせることも、時には強引に引っ張ることも可能だ。

若い時はすべて自分中心で物事を考えてしまい、
押しつける愛、拘束する愛に陥り
お相手の繊細な心を忘れてしまいがちになる。
当然、相手に薄っぺらさを見透かされ、去られてしまう。

たとえ身体を触れ合わせても、愛されているのか、そうではないのか
大人には分かっても、若い人には分からないことが多い。

場数を踏んでいなければ分からないことが数多くある。
比較しなければ分からないことが多いのだ。
自らの基準が出来上がっていないことが要因だ。

歳を重ねると恋愛は、いずれ過ぎ去っていくことを頭で理解している。
ファミリーができればそれを守ることが優先されるからだ。

それだけに、相手を大切にする心が熟成されていく。
ただ恋愛を持続させたいというずるい大人のエゴと知りつつ…。


若者に栄枯盛衰を俯瞰できるはずがない。
知識や経験が乏しいのだ。
そして、今が盛りだという自覚もない。

これは欠点だが、だからこそ後悔を恐れず大胆なことにも挑戦できるのだ。
つまり見方を変えれば、冒険や挑戦は若者の最大の特権と云えるかもしれない。

恋愛は冒険だ。
冒険を恐れてどんなつならない人生を歩もうとしているのか。

一度限りの人生なら勇気を持って冒険し挑戦して欲しい。
後悔など誰もしたくはないのだから。

「坊や、いったい何を教わって来たの?」

こんな言葉を1回、2回云われたって
「どうってことはない」
これくらいの気持ちで勇気を持って恋愛や人生に挑戦して欲しい。


水をかけられて、雑言を浴びて、
そして、学んで欲しい。

学ばなければ、恋愛は何度しても意味はない。
学ばなければ、何をしても価値はないのだ。

そして、自分とは異なる心を持った別個の人の存在を知って欲しい。
社会はそれぞれの心を持った人間によって構成されていることに学んで欲しい。

恋愛は階段の踊り場のような場所。
次のステップの為に必要な体験なのだ。


育ててくれた親の死を隠れて葬り、
子供達に暴力を振るい、死にまで追いやるエゴ。
虐めや差別を無意識に行ってしまうエゴ。

彼らはきっと恋愛経験が乏しかったに違いない。
愛されていることを心から自覚したことがないのだろう。
親の愛でさえ自覚したことがないのだろう。
愛されている人との身体の触れあいを経験したことがないのだろう。

だから身勝手な行動を取ってしまうのだろう。
だからこそ、いつまで経ってもこんなことを云われてしまうのだ。

「坊や、いったい何を教わって来たの?」

「ソルト」

2010年08月06日 | Weblog
 マット・デイモンのボーンシリーズのごとく、まさしくノンストップアクションの決定版というべき映画です。もともとトム・クルーズでの企画映画でしたが、彼の降板によってアンジーに回ってきたとのこと。トムが演じるハードなアクションをそのまま演じているだけに見ごたえ十分です。

・監督には「ボーン・コレクター」、「セイント」「今そこにある危機」「パトリオット・ゲーム」の大ベテラン、フィリップ・ノリス
・音楽には大御所、ジェームズ・ニュートン・ハワード(「ダークナイト」「アイ・アム・レジェンド」「ブラッド・ダイヤモンド」「バットマン ビギンズ」「コラテラル」)
・ひねりを利かせた脚本には定評のあるカート・ウィマーが担当(「フェイク シティ ある男のルール」「リクルート」「トーマス・クラウン・アフェアー」)
・重要な撮影もシリアスな映像が得意なロバート・エルスウィットが担当 (「デュプリシティ」「フィクサー」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「シリアナ」「グッドナイト&グッドラック」「007/トゥモロー・ネバー・ダイ」)
とにかくベテラン揃いで見ごたえのある良質の映画に仕上がっています。

 とうしてこんな良質なスタッフがいる映画をトムは断ったのか? きっとマット・デイモンと比較されることを嫌がったのでしょうね。ボーンシリーズと似通った展開が少し気にかかりますが、アンジーが見事にハードなアクションを演じきったことで、別の映画になったように思います。シリーズ化されても不思議ではありませんね。 

 CIA職員のソルトは突然、ダブルスパイの疑いをかけられて職場を必死に逃げだしますが、そこには大きな罠が存在していた。二転三転するストーリーに観客はヒヤヒヤドキドキさせられますが、この映画も「コンセプション」と同様に愛が存在していました。激しいアクションとスピーディーな展開に目を奪われますが、鍵は深い<愛>だった…。

 国家や組織が彼女を見捨てたにも関わらず、大統領まで動かして自分を助けてくれたのは、夫の紛れもない愛だった。冒頭のシーンこそ、彼女を根底から変えた大切な部分だった…。このシーンを理解して初めてこの映画は完結する。



グッドラック感動のお奨め度:(78点)
重要7×感動8面積<56>

1)オリジナルティーあふれるストーリーと意外な展開は説得力があり、
  しかも様々な愛と哀愁・切なさが含まれている。(20点満点-17)

2)考え抜かれた自然なセリフ(脚本)に何度も胸を打つ(10点満点-7)

3)今までにない主演者の演技とストーリー展開での登場人物の成長・変貌
  ・怒り・悲しみに胸を打つ(10点満点-7)

4)助演者・脇役らに存在感があり、各シーンに溶け込み表情
  ・セリフを自分ものにしている(10点満点-8)

5)動と静の音楽が各シーンの感動を増幅させて、メインテーマは心に残る(10点満点-8)

6)撮影が新鮮で記憶に残るシーンが随所にある(10点満点-8)

7)テンポのいい編集は心地よい緊張と緩和を生み、
  感動のラストシーンへ導いていく(10点満点-8)

8)違和感のない特殊効果は映画の質を落とさずリアリティーを感じる or
  凝った美術・衣装・時代考証は違和感がなく自然で美しい (10点満点-7)

9)総合点:この映画・DVD・ビデオを見てもがっかりしない、満足度、お奨め度(10点満点-8)