異形の仲間たち見聞録

私が見てきた精神疾患者たち

小説 『呆け茄子の花 その五十二』

2021年05月23日 23時04分54秒 | 小説『呆け茄子の花』
その後の尚樹の人生はまた難航の兆しを見せてきた。
退職した年始めからまん延していた「新型コロナウイルス」の影響で職安の「障害者相談室」へ行っても、「事務所清掃」、「社長室の庶務係」、「展示車の洗車」、「障害者職場での簡易な事務作業」など、尚樹の興味を引くものはなかったし、向いているとも思わなかった。多少、尚樹自身の「奢り」が会ったことは否定できないだろう。反対に「障害者への就労支援」、「障害者への相談業務」といった前職につながるようなところへ応募しても書類を突き返されたり、面接を受けても明らかに「形式的面接」で雇う気が無いようなものが多く、求人を出すだけの“ポーズ”にしか見えないものも多かった。内心「これが障がい者雇用の現実か」と実感せざるを得なかった。尚樹が退職したのが6月半ばで、あっという間に年末を迎えようとしていた。しかし、尚樹には「盆も正月もない」という心境で、周りで気遣ってくれるものはおらず、就職活動当初は「私に出来ることは限られている」と過小評価と現実的な評価の中で揺れていた。それと同時に安定しつつあったPTSD・うつの病状も就職難から悪化してきて「過食・飲酒」が進んできて、過去に経験がある尚樹は「いつか来た道」と感じ始め、かねてからの趣味であった「寺社巡り」をして歩き、また交通機関を使って隣県まで足を伸ばして気分を晴らすことに気を遣った。尚樹は十五年前程から「御朱印巡り」をしていたので要領は心得ていた。辺境な地にある寺社へも惜しまず歩いて行き、御朱印をしていないところでも参拝をして、また次の地へ向かう「にわか修験者」よろしく、行けるところはもちろん、同じところへ二度三度と熱心に通うことも惜しまなかった。もちろんのこと片方では就職活動も熱心に行っていたが報われることはなかった。






その五十三ににつづく




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