赤いバラの飾りの付いた黒い帽子をかぶった老婆は、車内に響き渡る声で喋っていた。
彼女の顎はたるみ、瞳は黒目しかないように小さい。笑うと線を引いたように、顔中にしわが浮き出る。赤地の白玉模様のネッカチーフを首に巻きつけ、両手の中指にはくすんだ銀の指輪が食い込んでいる。コートは春の到来に合わせたのか、落ち着きのない緑色だ。
僕は離れた席からぼんやりと、その老婆を見ていた。ふと、その老婆と目が合った。彼女は上唇をにっと吊り上げた。黄色い汚れた牙が見えた。
「猿?」
(猿と目を合わさないでください。襲ってきますよ!)
周防猿回しの人が言った言葉を思い出し、あわてて目をそらした。しかしその老婆の姿を真似た猿は、すでに空中を舞い1秒後には僕の首筋に食いつこうとした。僕は恐怖のあまり目をつぶり体は硬直した。
「キーキーッ!」
僕の頭上から哀れな声が聞こえ、見上げると屈強な車掌が猿の襟首を摘んでいた。車掌は慣れた手つきで窓を開け、「ポイッ」とその猿を放り投げた。
クルリと一回転して地面に着地した猿は、帽子とネッカチーフとコートを急いで脱ぎ、面倒くさそうに指輪もはずした。そして一直線に山に向かって駆け出した。
車掌は僕に「坊ちゃん団子」の入った箱を渡し低い声で謝った。
「春になると猿にもおかしい奴がいるのです。そいつらがときどき、街中に出てくるのですよ。そして奴らは坊っちゃん列車が好きなのです。上手く化けるので、ほとんど気付く人はいないのですが・・・。ここはどうかひとつ穏便にお願いいたします」
僕は、スリルと坊ちゃん団子には目がないのだ。だから分別のある表情で頷き、坊ちゃん団子をありがたくいただいた。
彼女の顎はたるみ、瞳は黒目しかないように小さい。笑うと線を引いたように、顔中にしわが浮き出る。赤地の白玉模様のネッカチーフを首に巻きつけ、両手の中指にはくすんだ銀の指輪が食い込んでいる。コートは春の到来に合わせたのか、落ち着きのない緑色だ。
僕は離れた席からぼんやりと、その老婆を見ていた。ふと、その老婆と目が合った。彼女は上唇をにっと吊り上げた。黄色い汚れた牙が見えた。
「猿?」
(猿と目を合わさないでください。襲ってきますよ!)
周防猿回しの人が言った言葉を思い出し、あわてて目をそらした。しかしその老婆の姿を真似た猿は、すでに空中を舞い1秒後には僕の首筋に食いつこうとした。僕は恐怖のあまり目をつぶり体は硬直した。
「キーキーッ!」
僕の頭上から哀れな声が聞こえ、見上げると屈強な車掌が猿の襟首を摘んでいた。車掌は慣れた手つきで窓を開け、「ポイッ」とその猿を放り投げた。
クルリと一回転して地面に着地した猿は、帽子とネッカチーフとコートを急いで脱ぎ、面倒くさそうに指輪もはずした。そして一直線に山に向かって駆け出した。
車掌は僕に「坊ちゃん団子」の入った箱を渡し低い声で謝った。
「春になると猿にもおかしい奴がいるのです。そいつらがときどき、街中に出てくるのですよ。そして奴らは坊っちゃん列車が好きなのです。上手く化けるので、ほとんど気付く人はいないのですが・・・。ここはどうかひとつ穏便にお願いいたします」
僕は、スリルと坊ちゃん団子には目がないのだ。だから分別のある表情で頷き、坊ちゃん団子をありがたくいただいた。
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