わたくしは読書会に入っておる。同じ本でも人によってかなり違った読み方をするのに、最近ようやく気づいたのだ。遅すぎるし鈍いのだ!
わたくしは沢木耕太郎さんの作品を読んだことがない。それで「深夜特急」って勝手に推理小説だと思い込んでしまった。何故か沢木耕太郎さんを推理小説作家だと勘違いしていたのだ。
この作品は大ヒットしたらしい。
1973年頃に沢木耕太郎さんは日本を抜け出して香港からマカオ、マレーシア、シンガポールへと貧乏旅行をする。でも貧乏くさくないのだ。最後はロンドンに着くらしい・・・。
沢木耕太郎さんの旅行の仕方がさすが高度経済成長期の影響なのか適当というか鷹揚というか豪快である。何の情報もなく香港の真ん中で「一番安い宿はどこデスカ?」と現地人に訊いて怪しげなラブホテルに一定期間滞在する。そこで街をウロウロして安い食堂とか見つけてウダウダする。ほとんど観光地とかに行かずに現地の生活に深く潜入するといった感じだ。
こういう旅行は現在ではなかなかできない。わたくしは何故か海外に行ったことがない。あまり行く気がなかったのだが、今は行きたいところはある。しかし沢木さんのような逞しくて自然な旅行の仕方は出来ない。わたくしはタフじゃないから。
ところで何故、沢木耕太郎氏は良いとこの会社を一日で辞めて、ゴロゴロしていたのであろうか?わたくしの勝手な妄想だが70年安保を若かりし沢木氏は敗北と総括したのかな?と推測しました。そして日本の高度経済成長を見て、「こんな日本は嫌じゃ、日本に居たくない!どこかよその国に行きたいにゃあ」と思ったのではないか。新安保条約締結を敗北と見なしたのならアメリカに当然行かない。やはり日本人ならアジアである。
日本は歴史的に見ても朝鮮半島、中国との交流は深く、人種的にも東南アジア的な容貌の方もかなりいると個人的に感じる。やっぱりお米を食べてるしね。日本はアジアの一員なのだ。
沢木さんがこの「深夜特急」を書いたのは旅が終わって15年後だという。1986年に初版が出版されているがバブルが始まった年でもある。沢木さんは高度経済成長期に旅に出てバブル期にこの本を世に出したのは、日本の国の在り方に反発していたのかなぁと、わたくしは勝手に思った次第であります。
わたくしは沢木耕太郎さんの作品を読んだことがない。それで「深夜特急」って勝手に推理小説だと思い込んでしまった。何故か沢木耕太郎さんを推理小説作家だと勘違いしていたのだ。
この作品は大ヒットしたらしい。
1973年頃に沢木耕太郎さんは日本を抜け出して香港からマカオ、マレーシア、シンガポールへと貧乏旅行をする。でも貧乏くさくないのだ。最後はロンドンに着くらしい・・・。
沢木耕太郎さんの旅行の仕方がさすが高度経済成長期の影響なのか適当というか鷹揚というか豪快である。何の情報もなく香港の真ん中で「一番安い宿はどこデスカ?」と現地人に訊いて怪しげなラブホテルに一定期間滞在する。そこで街をウロウロして安い食堂とか見つけてウダウダする。ほとんど観光地とかに行かずに現地の生活に深く潜入するといった感じだ。
こういう旅行は現在ではなかなかできない。わたくしは何故か海外に行ったことがない。あまり行く気がなかったのだが、今は行きたいところはある。しかし沢木さんのような逞しくて自然な旅行の仕方は出来ない。わたくしはタフじゃないから。
ところで何故、沢木耕太郎氏は良いとこの会社を一日で辞めて、ゴロゴロしていたのであろうか?わたくしの勝手な妄想だが70年安保を若かりし沢木氏は敗北と総括したのかな?と推測しました。そして日本の高度経済成長を見て、「こんな日本は嫌じゃ、日本に居たくない!どこかよその国に行きたいにゃあ」と思ったのではないか。新安保条約締結を敗北と見なしたのならアメリカに当然行かない。やはり日本人ならアジアである。
日本は歴史的に見ても朝鮮半島、中国との交流は深く、人種的にも東南アジア的な容貌の方もかなりいると個人的に感じる。やっぱりお米を食べてるしね。日本はアジアの一員なのだ。
沢木さんがこの「深夜特急」を書いたのは旅が終わって15年後だという。1986年に初版が出版されているがバブルが始まった年でもある。沢木さんは高度経済成長期に旅に出てバブル期にこの本を世に出したのは、日本の国の在り方に反発していたのかなぁと、わたくしは勝手に思った次第であります。