・玉蔓に親しく仕え、
姫君の聡明さや、
ふかい心ざま、
おくゆかしいたしなみなどを、
よく知っている弁のおもとは、
(そうだわ・・・
あの大将となら、
似合わないご縁ではない)
と思った。
人々に立ちまじり、
世間を見ている弁のおもとは、
玉蔓より大人だった。
いくら輝くような美青年でおわしても、
帝のもとへ上がることは、
後宮の女性たちとの気苦労も多く、
またどんなに風流で教養深かろうとも、
兵部卿の宮は、
第二、第三の愛人を作るおそれもある、
と弁のおもとは見ている。
(女の幸福は、
ただ一人の男に、
ただ一人の女として愛されることだ)
弁のおもとはそう考え、
髭黒の大将の恋文使いを引き受けていた。
大将は、くぐもった声でいう。
「どうしても結婚したい。
今までこんな思いをしたことは一度もない。
あまりにも、
私の人生は淋しかった。
冷たい氷のような家庭で、
私の人生は半分死んでいたのだ。
あのひとを知って、
よみがえった気がする。
もう一度、生き直したい」
大将は黒い髭面に涙を滴らせていた。
大将のために、
何かやってみよう、
と弁のおもとは心の中でうなずいた。
しょんぼりした中年男のあわれさは、
髭の黒々といかめしい立派な高官であるだけに、
よけいしみじみした感じを与えた。
髭黒の大将は、
取り持ち役の弁のおもとに、
おびただしい心づけの金品を送っていたが、
弁は、それで心動かされたわけではない。
大将への好意と同情からである。
それに、大将が源氏の胸中の思案を、
分析解明したことも、
弁を勇気づけた。
源氏が、結婚させるなら大将に、
と内々心づもりしているというのも、
ありそうなことに思われた。
それよりも弁のおもとの心配は、
源氏の玉蔓に対する愛情である。
玉蔓を奪われた源氏の嫉妬が、
どんな予想外の波乱を巻き起こすかわからない。
しかし、それについても彼女は、
(大臣のことだもの、
決して表立った嫉妬や怒りや失望は、
お見せにならない。
ぐっとこらえて穏便に取り繕われるに違いない)
と見きわめていた。
(大将のいわれるように、
この結婚はご実父の内大臣がもろ手をあげて、
賛成していられるのだもの。
これほど強力な後ろ盾はない)
その自信が弁のおもとに勇気を与えた。
玉蔓の居間へ、
大将を案内する手引きをしたのである。
大将は狂気して忍んできた。
大将は衣擦れの音がしないように、
柔らかく萎えたものを着ていた。
大将の体は昂奮と期待にこまかく震えて、
じっとしていても音をたてそうなほどだった。
玉蔓は物語を読みふけっていたので、
床へつくとすぐうとうとし、
健やかな眠りに引き込まれたが、
そのうち人の気配を感じて目覚めた。
(右近かしら?
宰相の君かしら?)
乳母はこのごろ老いて、
夜は早く休むので、
女房の一人が近寄ったのかと思った。
しかし、その影は巨きい。
たきしめた香もおぼえのないものだった。
本能的な恐怖を感じて、
玉蔓は起き上がり、
声を立てようとしたが、
「お静かに」
という男の声で息をのんだ。
(次回へ)