・明るい月の光に、
若い帝のお姿は、
清らかに美しい。
源氏の大臣に、
よく似ていられる。
(この帝は冷泉帝、
源氏の大臣を父に、
源氏の継母・藤壺の宮を、
母とされる)
「結婚してしまったのだね」
とやさしくお恨みになる。
「なに。
主上が、玉蔓のもとへ、
お渡りになったというのか」
髭黒の大将はもう、
居ても立ってもいられない。
玉蔓も、
このままいると、
のっぴきならぬ立場に立たされる、
恐れがあって、
気がせかれた。
父の内大臣も、
退出の口実をうまく取り繕って、
主上においとまを頂くよう、
願い出てくれた。
「仕方がない。
退出してよい」
主上は残念そうにお許しになった。
もう、車も用意されて、
供人も退出をまちかねている。
大将はそわそわして、
うるさいほど玉蔓をせかす。
しかし、
主上はまだ玉蔓を、
お離しにならない。
「あなたを離したくないが、
それだけに、
大将の焦りも同情できる。
しかしこれからはどうやって、
便りをしよう。
あうことは難しかろうから」
「恐れ多いことを・・・」
玉蔓は主上の言葉を、
勿体なくも心苦しくも思った。
ちらとほの見ただけで、
拉っし去られるように、
消えてゆく玉蔓を、
主上は、
お忘れになることが出来ない。
大将の自邸に連れ帰るというと、
とても許可は出ないだろうと、
大将は思って、
玉蔓が退出するや否や、
「風邪をひきこんだようです。
自宅で養生したいと存じます。
別々では気がかりなので、
伴って帰りたいのです」
とおだやかに了解を求め、
連れ帰ってしまった。
父の内大臣も、
急なことだ、
自宅に迎えるとなれば、
いろいろ儀式もあるだろうに、
と世間体を気にしたが、
大将の気を悪くしてもはじまらぬ、
と思い承知した。
源氏も不本意ではあるが、
夫である男が、
自邸へ伴うというものを、
異をとなえるわけにもいかない。
玉蔓はまして、
流されゆく運命に、
さからうすべはなかった。
一人、悦に入っているのは、
大将だった。
邸はみごとに造営され、
新妻を迎える華やぎにみちて、
見違えるばかりである。
「思うままになった」
と大将は深い満足感を、
味わっている。
落ち着いてみると、
参内の夜、
主上が、
玉蔓の部屋を訪れられたのが、
気になった。
「まさか、
意外なことは、
なさらなかったろうね。
私の妻ということは、
ご存じなのだから・・・
あなたも少しは、
心動かされたのではないか。
主上はあのとおり、
たぐいまれな美男でいられるから」
大将は嫉妬している。
「ほんとうに何もなかったのか」
とくどくいうが、
玉蔓にはうとましく思える。
主上は、
最高の権力者であられながら、
玉蔓はすでに人のものと、
自制なさって、
やさしい物怨じのお言葉だけが、
あった。
そのときに行き交う心と心は、
主上と臣下のそれではなく、
縁なく終わった男と女の、
はかない詠嘆であった。
「どうだった、
手ぐらいはお取りになったのでは、
ないか?」
などと露骨に嫉妬を示されると、
玉蔓は、
(何て品のない人かしら・・・
繊細とはおよそ、縁の遠い人だわ)
と憂鬱になってしまう。
あるかなきかの慕情、
あわれさ、などを、
この実直なばかりの大将に、
どう説明したらよかろう。
しかし大将は、
恋妻に夢中なので、
嫉妬も猜疑もかくすことを、
知らない。
(次回へ)