むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「23」 ③

2024年12月16日 09時00分17秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・私は、
十四日の朝になるのを待ちかね、
左近を呼ぶのもまどろしこくて、
みずから下人の男を起こした

男は暖かい寝床から離れるのを、
いやがり寝ぼけ声で抗う

やっと起こして見にやらせる

帰ってくるのを、
いらいらして待つ気持ちときたら

「どう、あった?
雨で消えていなかった?」

と飛び立つ思いで聞き、
下人の男はひと息ついて、

「ございました・・・」

というので、
私は安堵して、
へたへたとへたりこんでしまう

「まあ、よかった」

「はい、
円座ぐらいはございました
木守が厳しく見張っておりまして、
子供や犬を寄せ付けないように、
しております
明日、明後日ぐらいは、
充分残りそうだとのことで、
この分ではご褒美が頂ける、
と喜んでおりました」

という

私はひどく嬉しくて、
思わず笑えてくる

「何だ、
そうぞうしいね、
朝から」

と棟世が起きだして来て、

「また雪か」

と笑うが、
私は早くこの一日が、
過ぎないかと思うばかり

明日は正月十五日、
予想にたがわず、
この日まで保ちましたよ、
と人々に見せつけてやりたかった

それに、
喜ばれる中宮のお声も、
耳元で聞く気がする

そうだ、
雪に添えてさしあげる歌を、
作らねば・・・

私はあわただしく筆をとって、
思いをめぐらし、
われながら物狂おしい

昼間、棟世は出てゆき、
私一人になっている

心ゆくばかり、
歌を案じて、
やっとどうにか出来上がった

暮れてから、
棟世は馬でやってきた

私が勢いこんで、
雪の歌の報告をするのを聞き、

「少し得意そうな感じが、
強すぎやしないかな」

「これぐらいでいいんです
世間に伝わるときに、
強いほうが効果はあがるって、
もんですわ」

「おやおや、
中宮さまの御前だけじゃなく、
世間へもひろめよう、
というもくろみかい?」

「無論じゃありませんか
世間はあたしたち中宮派に、
とても注目してるんだもの
現代では、
斎院の宮さま一派と、
何たって中宮さまだわ」

「それはあなたがいるからだろう」

「ほんとはそう、
いいたいわ・・・」

私は上を向いて笑う

経房の君や、
行成の頭の弁が、
この雪山事件のいきさつを聞き、
私の歌をもてはやして、
宮廷中、ひいては世間に、
ひろまってゆくのが目に見える

「さあ、
明日の朝は早くに、
下人をやらなくちゃ・・・」

と私はいい、
眠るどころではなく、
歌をきれいに清書した

とうとう白々と明け、
下人を起こしにいって、
私は折櫃を渡し、

「これにね、
きれいなところの雪を、
どっさり盛ってきて
汚いところは捨てるのよ
いい?
真っ白なきれいなところだけ、
入れてこんもり形よく、
盛ってきなさい」

といいふくめて、
職の御曹司へやった

棟世は寝入っていてまだ起きない

私一人いらいらと、
下人の帰りをまちかねていた

と、意外にもずいぶん早く、
下人は帰ってきた

持たせてやった折櫃を手に、
空しくぶらさげている

「とっくに雪はございませんでした」

という

「なんでそんな
そんなばかなこと!」

私はいきりたって叫ぶ

未明にたたき起こされて、
顔も洗わず出されたものだから、
薄よごれた寝ぼけ顔で、

「ほんとうにないんでございます」

という

「昨日まで、
円座ぐらいもある、
といったじゃないの、
それが一夜で消えるなんて
ひとすくいのかけらでも、
なかったの!」

私は地だんだ踏みたいくらい

「お前、
寝ぼけたんじゃないの、
木守は何をしていたんです」

「木守が申しますのに、
昨日は暗くなるまで、
たしかにあった、と
それが今朝起きてみると、
消えていたと申すんで、
ございます
ご褒美をあてにしていたのに、
とくやしがっておりました」

「まあ、
そんなこと・・・
なんで一晩で消えてしまうなんて」

私はくやしくて、
思い切れない

「陰謀だわ
きっと誰かが捨てさせたのよ
あたしに得意顔させるのが、
いやさに・・・」

さしずめ、
右衛門の君あたりかも、
と私は思う

なんてことだろう、
せっかく歌まで用意したというのに

私はわめきたい思いである

「いかがいたしましょう?」

などと間抜けた顔で、
私を見上げる下人に、

「どうしようもないじゃないの、
ぼんやり立っていないで、
あっちへお行き!」

と当たってしまう

「何だね、
朝からそうそう、
とげとげしい声を、
出すもんじゃない
朝はにこにこ迎えるものだ」

棟世が起きだして、
私をたしなめる

「にこにこしていられる、
もんですか、
なくなっていたのよ、雪が!
誰かが捨てさせたんだわ
敵がいるのよ、
この世の中、
見えない敵だらけだわ!」

棟世はことの次第を聞いて、

「ははは、
こりゃいい・・・ははは」

と笑いが止まらない

「あなたの鼻が、
押っぺしょられたってわけだ
あはは・・・」

「憎らしい
なんでそうおかしいのよ!」

私がたけり狂えば狂うほど、
棟世は笑う

そんな騒ぎの中、
またなんということ、
中宮のお手紙が来る

「長い里下りね
あなたがいないとさびしいわ
ところであの雪はどう
今日は十五日、
果たして今日まで保ったかしら」

というお手紙である

私は残念でならない

中宮にじきじきに、
お手紙を書くことは出来ないので、
側近の人にあてて、

「皆さんはせいぜい年のうち、
どう保ってもお正月一日まで、
とおっしゃいましたっけ
ところがどうでしょう
あの雪の山、
私が申した通り、
十四日まであったので、
ございますよ
われながらよく言い当てたものと、
鼻高々でございましたが、
どなたかが、
そねまれたのでしょうか、
夜中、雪は捨てられて、
いたんでございます
そう中宮さまに、
申しあげて下さいませ」

と書いた






          


(次回へ)

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