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 5月も終わろうとしているが。。。そのⅡ

2009年05月27日 | 日記・エッセイ・コラム
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そのⅠで述べたように5月は誕生月で昔から7人兄弟なのに爺だけはお袋が忘れずにお祝いをしてくれた。その日が故郷の自慢の球磨川の鮎の解禁日だったからお袋は鮎の塩焼きで祝ってくれた。球磨川の上流 下流にダムが出来て、鮎は放流鮎になって、今では6月Ⅰ日に現在はなっている。そしてこの度のクラス会はその沿線を走る肥薩線をSL人吉号で帰郷し人吉駅で現地参加者と落合って吉松まで「いさぶろう号」で尋ねる旅となった。
 
4月半ば頃から意味不明の不整脈に悩まされ医者は「汽車の旅」などとんでもないと言っていたが、昨年は兄弟の不幸で参加出来なかったし今年は必ず参加すると約束していたからだ。それにSLに乗って半世紀ぶりにあの昭和の時代を楽しみたかったからだった。気になったのは免許の切り替えが旅行日と重なっていたが協会の知らせで5年ぶりの更新は前後1ヶ月の余裕が与えられていた。しかし高齢者は自動車学校で講習を受けて来いとのこと・・・・当地の学校は閉鎖されているし隣町に申し込んだら5月2日に予約が取れたと思っていたらキャンセルさせられ9日になった。半世紀ぶりの自動車学校で3時間も畳み込むような教習を受ける羽目になった。そしてその日は興奮して眠れず中学校時代の長崎への就学旅行の前の日状態になった。
☆高度成長時代を引っ張った車輪☆
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4回目の参加になる大阪在中のN君や元気な九州一円に住む昔の仲間と熊本駅で落合い八代駅からSL人吉号に乗ることになった。本来なら始発の熊本から乗って人吉在中の仲間と八代で落合う予定だった。しかし数箇所に切符の以来をしていたが発売1秒で完売したとか! 仕方なく奇跡的に取れた人吉在中用の切符を遠来組にまわしてもらったのだった。
汽笛 石炭の匂い 煙 ガタンゴトン 鉄橋 トンネル 球磨川 待ち受ける鉄ちゃンフアン 新緑 そして一勝地駅での一時停車   最近では殆ど汽車や電車に乗ったことは無いのに、あの懐かしい我等の時代の旅発ちの列車に乗れるとは・・・昭和32年の上京を思い出して涙が出る思いであった。

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お昼頃地元勢が待ち受ける人吉駅に到着し、早速今では全国的にも珍しくなったあの「お弁当~」の呼び声で売られる駅弁屋さんから爺は鮎寿司を買って「いさぶろう号」 に乗り込んだ。高2の時、クラスで矢岳にハイキングに行った時以来の矢岳越えだった。ここでも 大畑駅 スイッチバック ループ線 矢岳駅 D51の展示 石造りの給水塔 そして霧島連山を眺めながら真幸駅に到着。15歳の少年少女達に戻ってしまった我等3年6組の仲間達は幸せの鐘を叩いてはしゃいだ。地元の人達も温かく歓迎して下さった。そして吉松駅からは折り返しの「しぺい号」に乗って相良村の宿で古希を迎えて2年目の集団とは思えないほど盛り上がるのであった。
そして翌日は昔歩いた通学路や昨年国宝に指定された青井阿蘇神社似参拝し爺の思いがけない誕生日会が始まった・・・そのⅢへ

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