30なんて、なってみるまで実感が湧かなかった
でも実際にその年になって感じることは? “なんにもかわってへんやん私・・・”って感じ
仕事を辞めて実家へ帰り兄の店を手伝い始めて改めて、ちっぽけな自分を実感した
店にはいろんな人がやってくる 楽しそうにお酒を飲む人、兄に話を聞いて欲しくてやってくる人
仲の良い夫婦や、時にはちょっと訳ありなカップル
そのさまざまな人の話を聞いているとなんだか自分はあまりにも普通で
でも、普通が一番幸せなんだって思うようになっていた
煮え切らない態度が原因の別れもあった
ただなんとなく離れた気持ちをそのままにした別れもあった
そのどちらも今となればたいしたことでなく、その時その時に応じたものだった
仕事は?
よくよく考えてみれば、仕事も本当はなんでもよかったのだと思う
煩い父から離れたかった 嫌な男との思い出からも逃げたかった
私はいつも逃げてばかり・・・・そして決して自分から追いかけたりしない
追いかけたいほどの気持ちを持ったことがあった?
いいえ
仕事も恋愛も、何もかも・・・心の底から必死になったことはなかったのかもしれない
「絵里子? どないした? しんどいんか・・・?」
兄の声にハッとした
「あ、ごめん なんでもないよ ちょっとぼーっとしてただけ・・」
「そうか、今日はな ちょっと忙しくなるかもしれんから頼むで」
そう言われて、ぼんやりしている場合ではないと背筋を伸ばした
ガラッと店のドアが開き、今夜最初のお客様がやってきた
“いらっしゃいませ” お客の顔が見えない場所にいた私は入口へと顔を向け直して振り向いて
振り向いたと同時に固まった・・・・・
丁寧に頭を下げて入ってきたお客さんは、私に向けて満面の笑みで微笑み
「こんばんは、久しぶり・・・元気そうだね」 とつぶやくと、兄にも丁寧に頭を下げて挨拶した
「初めまして、森下啓太と申します。 絵里子さんとは学生の時からの友達です」
兄は最初ちょっと驚いた顔をしていたが、すぐにこやかな顔になって
「ご予約の方ですね、おひとりさまで・・・そうですか、絵里子の・・・」
と言いながら、ちょっと意地悪な顔つきで私を見ながらニヤッ笑うと
「どうぞごゆっくり、ちょっとバタバタするかもしれませんが、遠慮なく食べたいものを言うてくださいね」
というと 「おいっ! 絵里子!何、ボサ―ーッと突っ立ってんねん? はよお客さんにおしぼり」
とびっくりして動けない私に声をかけた
「なんで・・・・? 啓太なんでここが わかったん?」 と言いながらおしぼりを渡すと
啓太は嬉しそうに
「あれから何度か電話したんだよ、いつも留守だって叔母さんが・・
だから思い切って家まで行ってみたんだ
叔母さんに直接尋ねたら、京都に帰ったって・・・驚いたよエリーなんにも言わずに帰るんだもの
でね、僕がしつこく尋ねるから仕方なく“ここにいる”って教えてくれたんだ、
エリーに怒られるかもしれないって言いながらね」
「いや・・・別に怒らへんけど・・・あ、ごめんそうやね・・・わたし啓太には何も言わんと帰ったもんね」
「話したいことが沢山あるんだ、今夜店が終わったらいいかな?」
話が聞こえている兄は、こちらに目を向けると優しくうなずいてくれた。