5年間、あくびの音すら聞いた事がない、
ヤギさん犬は女子大生達に向かって牙をむいて吠えかかった。
それはすさまじいたけり方で
「わわわわーーん!」
と殆ど絶叫に近い吠え方であった。
生まれてこのかた、これまで何があっても吠えることなく、
じっと耐えていたものが一気に噴出したという感じで、
このままでは脳の血管がぶちぶちと切れてしまうのではないかと心配になるくらい、
ヤギさん犬は彼女たちに襲いかかっていったのである。
「わあっ」
彼女たちはとっさのことで、心の準備が出来ていなかったらしく
抱えていた原書やノートを放り投げんばかりにして、
がに股で飛びのいた。
そしてぱたぱたと5、6メートルほど走っていったあと、
おそるおそるヤギさん犬を振り返り
「あー、びっくりした」と胸をさすっている。
犬は犬でキッと彼女達の姿を見据え、
「もう、そばには寄ってくるな」
というような目つきをしていて両者はお互いににらみあっていた。
「なによ、あの馬鹿犬」
「ふざけんじゃないわ」
「あたしたちが何をしたっていうのよ」
「食っちゃうぞ、この野郎」
彼女達は口々に怒りながら、
犬に向かって、あかんべーをしたり、
パンチをくらわす恰好をしていたが、
それを見た犬は、またまた大地に足をふんばり
「わんわんわん!」
と腹の底から声を出して、とうとう彼女達を追っ払ってしまった。
犬は生まれて初めて興奮したのか、
肩で、はあはあと息をしていた。
そして私と目が合うと、いつものように地べたに這いつくばり、何事もなかったように退屈そうに目を閉じてしまったのであった。
私はこのヤギさんのような犬を
「よくやった」とひしと抱きしめて、頬ずりをしてやりたくなった。
私が胡散臭いと思っていたものを、
この犬も同じ様に胡散臭いと思ってくれた。
これで私達の心は通いあったも同然である。
つづく
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