韓国、「サムスン副会長」贈賄罪で逮捕後の経済に何が起こるか
2017-02-18 05:00:00
勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
起訴されれば最高裁までもつれる難事件
李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長が2月17日、朴槿恵(パク・クネ)大統領と崔順実(チェ・スンシル)氏に賄賂を渡した容疑で逮捕された。
韓国特別検察による2度目の逮捕状請求が認められた。
逮捕容疑は、次のようなものだ。
特検の危機感は請求した逮捕状にそのまま表れている。
①株式持ち合い解消のための売却株縮小、
②金融持ち株会社の推進、
③サムスンバイオロジクス上場のほか、
④エリオットなど外国資本に対する経営権防御、
⑤MERS関連制裁レベルの縮小、
⑥バイオ事業関連税制支援など、2014年からサムスンが推進した多くの件がすべて賄賂供与と関係があると記載されている(『韓国経済新聞』2月16日付)。
贈賄の金額は、李副会長が崔被告側に430億ウォン(約43億円)相当の賄賂を贈ったり、贈ろうとしたりした疑いのほかに、430億ウォンの一部について国内資産を海外に不当に移した疑いがある、とされている。
韓国特別検察が、広範囲な罪状を上げて是が非でも李氏を逮捕したいという執念が感じられる。
これら罪状が、崔順実被告と関わりがあるとしても、朴大統領への贈賄と断定するには裁判過程で大きな論争になろう。
今から、確実にそれを断言できる。
韓国検察が伝統的に持っている「恣意性」(家産官僚制の欠陥)は否定しがたく過去、多くのえん罪を引き起こしているからだ。
2014年からサムスンが推進した多くの件が、すべて賄賂供与と関係がある幅広く「網を張った」のは、前回の逮捕状請求却下に懲りた証拠であろう。
だから、多くの罪状を上げれば、一つぐらいは「引っかかってくる」という感じが否めないのだ。
それだけ、決定的な証拠が得られなかったのでないか。
ともかく、大統領弾劾という歴史に残る捜査という面で勇み足もある。
今後の取り調べと起訴後の裁判過程が注目される。
サムスンは、韓国経済を支える屋台骨である。事実上の経営トップの李副会長の逮捕は、二つの大きな影響を与えるだろう。
第一は、サムスンへの経営的な打撃である。
逮捕されたことにより、約1ヶ月の拘留が予想されている。
起訴後は、裁判対策に忙殺されるので、判決次第では長期の経営空白が起こる。
むろん、犯罪事実が立証された場合、罪を償うのは当然である。
現在のサムスンは、創業以来の経営の転換点にある。
この最も重大な時期に経営トップが不在であることは、船長がいない巨船の操舵と同じリスクを抱える、サムスンは、新型スマホがバッテリーの発火事故を起こしている。
事故原因の最終報告が出たものの、真の原因は隠蔽したままと見られる。
全てをバッテリー・メーカーの責任に押しつけたが、それは間違いである。
サムスンが、スマホ設計でミスを犯したのだ。
多機能を持った新型スマホゆえに、バッテリーに負荷かかかったこと。
その負荷によるバッテリーの発熱を、ソフト面で遮断できなかった技術的なミスである。
以上の点は、技術専門家が最初から指摘していた点である。
技術基盤の脆弱なサムスンが、これを是正するには強力な経営のリーダーシップが必要である。
その肝心な李副会長が経営に専念できないとなれば、オーナー経営企業だけに、その打撃は極めて大きい。
技術面での問題のほかに、経営体システムの大転換が控えている。スマホのような「B2C」ビジネスから、部品などの「B2B」ビジネスへの転換を模索している。
スマートカー(全自動運転車)の部品事業に着手すべき、米国の自動車部品企業のM&Aも行った。
これを第一歩として、スタートアップしようという矢先に、今回の事件が持ち上がったのだ。
第二は、韓国経済が受けるダメージである。サムスンは文字通り韓国経済の屋台骨となっている。
韓国「G2」と称せられるもう一社の現代自動車は、「労働貴族」による長期ストライキの影響で、営業利益率はカーメーカとしての最低ラインの5%を割り始めている。
「第二のGM」になる危険性も取り沙汰される始末だ。
こうなると、残る一社のサムスンが頑張る以外にない。
そのサムスンが、この体たらくである。
「片肺飛行」になっている現状では、サムスンの失速は決定的な損害を韓国経済に及ぼすに違いない。韓国経済「墜落」なのだ。
こういう不吉な予想をもたらす理由は、次の点にある。
李サムスン副会長の逮捕と裁判で有罪となれば、米国の「腐敗行為防止法」に引っかけられる新たなリスクが生まれる。
グローバル企業の落とし穴がここにある。
『朝鮮日報』(1月18日付)は、「副会長に贈賄容疑、サムスンを襲う腐敗行為防止法リスク」と題して、次のように伝えた。
(1)「投資業界や法律事務所業界によると、李副会長の逮捕状請求は米司法当局がサムスン電子を海外の汚職企業に厳しい罰則を適用する『海外腐敗行為防止法』(FCPA)を適用する口実を与えかねない。
FCPAは、外国企業が米国以外の国の公務員に行った贈賄や不正会計についても厳しく処罰できる法律だ。
米国の証券取引所に上場しているか、米証券取引委員会(SEC)に情報を開示しなければならない企業とその子会社が対象だ。
罰金による制裁のほか、輸出免許取り消し、米国国内での公共事業への入札禁止、証券売買停止などの制裁を受ける可能性もある。
制裁対象企業は厳しい制裁を忌避するため、米司法当局との交渉で多額の和解金(課徴金)を支払うことも多い」。
サムスン電子は、繰り返し指摘するように韓国経済の屋台骨である。
ここが傾げば、韓国経済も同様の負の影響を受けるのだ。
その意味で、韓国の政治と経済が癒着することの危険性は大きいのだ。
これを機に、韓国財閥は政治との距離を大きくして関係を絶つことだ。
「海外腐敗行為防止法」(FCPA)は、米司法当局が米国に株式を上場している企業が対象である。
サムスンは、米国では未上場ゆえにFCPAの対象外だが、トランプ政権になって「拡大解釈」される危険性を否定できない。
サムスンは、外部から持株会社による2分割案が提案されている。
それによると事業持株会社では、米国での上場案が出されているのだ。
その検討段階で、今回の事件が持ち上がっている。今後の結果しだいでは、米国上場案など吹き飛ぶほか、多くの制裁が予想されるのだ。
(2)「リスクはそれだけにとどまらない。
米国系ヘッジファンドのエリオット・マネジメントなど外国の投資ファンドが、今回の事件を口実にして、投資家対国家の紛争解決(ISD)制度を利用し、韓国政府に損害賠償を請求することもあり得る。
特別検事の捜査を根拠に『韓国政府の政策や介入で被害を受けた』と主張できるからだ。
企画財政部(省に相当)関係者は、『FCPAは国際的な汚職防止や公正な競争を目指す法律だが、米国企業を保護する手段として利用されているとの指摘もある。
米国で制裁を受けた場合、主要国から一斉にたたかれる可能性もある』と述べた」。
サムスンは15年7月、サムスン物産と第一毛織の合併を強行した。
米国系ヘッジファンドのエリオット・マネジメントなど外国の投資ファンドが、サムスン物産株主に不利な合併として反対した経緯がある。
これを乗り切った「カギ」が、政府の国民年金公団の合併賛成である。
今回、サムスン副会長の逮捕容疑は、まさにこの国民年金公団が、朴大統領の差し金で合併賛成に回ったとの疑惑に絡んでいる。
それだけに、
サムスン副会長が有罪となれば、前記の米国系投資ファンドは、「待ってました」とばかりに、
投資家対国家の紛争解決(ISD)制度を利用し、韓国政府に損害賠償を請求することもあり得る。
韓国にとっては、サムスンも政府も「ダブル・ショック」に陥る可能性が大きい事件である。
今回のサムスン副会長をめぐる「逮捕劇」は、韓国検察が面子に賭けても、新証拠を探し出してきた結果である。
ただ、李サムスン副会長が、崔順実被告への資金提供によって、朴大統領への贈賄という「第三者供賄事件」の立証は難しいとされる。
これが韓国法曹界の見方だ。同種事件が、最高裁で無罪になっている
。いずれにしても、この事件の帰趨がサムスンはもちろん、韓国経済に甚大な影響を及ぼすはずだ。
(2017年2月18日)
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