習政権揺さぶる地方の債務問題
日経
2017/12/1 6:50
「巨額の債務が中国の金融システムを脆弱にしていることは、周知の事実だ」。
中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は最近、このような発言をした。
一方で、あまり広く知られていない事実もある。政治が果たす役割だ。
中国の債務問題の大部分は、中央政府と地方政府との関係がうまくいっていないことから来ている。
両者間の緊張の高まりによって、2015年には債務残高が金融システムを脅かす危険水準にまで達した。
その後、ルールが変更されたことでしばらくは問題が解決されたかのように見えたが、映画「高慢と偏見とゾンビ」のごとく、恐怖は再び死者の中からよみがえった。
中国はあまりに巨大な国であるため、中央と地方との間に、常に問題が横たわっている。
ここ数年間、中央政府は地方政府に対して統一の必要性を強調してきた。
地方政府が過分な自治権を謳歌していることを苦々しく思い、その管理を強化しようとしている。これに対し地方政府は反発を続けている。
中国の風変わりな財政制度の下では、地方政府(省、地区、県レベル)の資金調達は厳しく制限されている。
14年までは中央の許可なしに資金を借り入れたり、地方債を発行したりすることは許されなかった。
地方政府の収入は、税収のうち一定分を受け取ることで賄われている。
例えば付加価値税の5割、個人所得税の4割といったように、だ。
■訳あり投資会社が出現
この取り分は十分な金額というにはほど遠い。
地方政府は中国の税収全体の約半分を受け取ることができる一方で、歳出全体の約3分の2を負担することが求められている。
県レベルで見ると、この歳入と歳出の差はさらに大きなものであることが分かる。
そのため、地方政府は財政破綻を避けるために中央政府から与えられる資金にずっと依存し続けなければならない。
中央から受け取る金額は平均して地方政府の支出全体の半分を占める。巨額の資金を提供する中央政府の影響力は強大なものとなる。
地方政府側は、これまた当然のように、中央の管理から逃れる方法を模索する。
その一つが1990年代に出現した「融資平台」だ。
これは地方政府の管轄下にある、一種の訳あり投資会社だ。
地方政府は融資平台を通じて資金調達を行ってきた。
国有地および地元国有企業の株式を担保にして、銀行や債券市場、そして消費者から資金を集めた。
借り入れの目的はたいてい、住宅や道路といったインフラ関連事業だ。
銀行ではないため、融資平台に対して金融規制が適用されることはなかった。
地方政府の一部門であれば中央の管理下に置かれるが、融資平台はそうではなかった。
国有企業として設立されたため、予算上の制約を無視したり、バランスシートを世間の目にさらさないようにしたりすることもできた。
■15兆元の隠れ債務を起債で手当て
融資平台の増加に恐れをなした中央政府は調査に乗り出した。
2013年には1万社を特定し、その借入総額が7兆元(約118兆円)であることをはじき出した。
これは中国のGDP(国内総生産)の13%に相当する規模だ。
中国には省レベルで31、地区レベルで330、県レベルで2800の行政区がある。
単純計算すると、1行政区につき3社以上の融資平台が存在することになる。
15年末、地方政府の債務総額はGDPの24%にあたる15兆元(約254兆円)に達した。その大半が融資平台によるものだ。
これは当時、GDPの250%だった中国の社会融資規模と比べればそれほど大きなものではない。
だが融資平台による借り入れのほとんどが貸付残高に入らない「隠れ債務」だった。隠れ債務はここ10年で急激に膨らんでいた。
14年、中央政府は地方政府が融資平台を通じて資金調達することを禁じ、事態の収拾を図った。
地方債を発行することを許可し、そこで得た資金を債務の借り換えに使えるようにした。
こうした債務に関しては、18年までに地方債での借り換えが完了することになっている。
つまり、約15兆元という巨額の債券が発行されるというわけだ。
中央政府は地方の借り入れを計上することで債務問題の透明化を目指すとともに、地方債の発行額の上限を定め、新たな起債を制限しようとしている。
その後も怒濤(どとう)のように改革は続いた。
中央政府は地方政府の役人の借り入れ判断に対する評価を、毎年の勤務評定に組み入れ始めた。
彼らが他の地域に異動になっても、責任を取らせる形にした。
また、民間の投資家を呼び込むきっかけにつながりそうな、贈り物などの物品供与も一部禁止とした。
■分離はあくまで「形式的」
最も野心的な改革は、16年に始まった第13次5カ年計画で決まったことだろう。
この中で歳入および税収管理の権限の一部を中央から地方に移す、新しい仕組みの導入が約束された。
すべてが素晴らしく道理にかなう内容だ。
だが17年7月、習近平(シー・ジンピン)国家主席はこれらの策が機能していないことを明らかにした。
金融制度をテーマとした会議で、地方政府の債務は今でも中国の金融システムの安定を脅かす2大要因の一つであると述べた(もう一つは国営企業がこれまで蓄積してきた債務である)。
問題は、地方政府が依然としてあらゆる手段を用いて、今までやらかした会計上の不正についてお茶を濁していることだ。
米国のシンクタンク、ポールソン・インスティチュートのハウゼ・ソング氏は、地方政府の役人たちが、債務を公式統計に組み入れなくてもいいように、再分類を行っているという。
中国財政部が8月に出した報告では、債務を民間資本に見せかけるために、込み入った仕組みの官民連携事業を立ち上げる動きがあることが指摘された。
今月、ある融資平台のマネジャーは中国経済誌「財新」の取材に対し、債務を地方政府から切り離すべく新組織を作ったとしても、財政的な問題が起これば彼らはすぐにまた政府を頼ってくると述べた。
財新では、こうした分離は「形式的なものにすぎない」という中国の格付け機関、中債資信の霍志輝氏のコメントが引用されている。
■「融資平台」で得た異なる教訓
債務問題が尾を引いている現状から浮かび上がるのは、中国という国を統治することの難しさと、習近平氏が持つ強大な権限にも限界があるということだ。
税収に対する権限を中央政府と地方政府のどちらが持つのか、もっと明確にすることは可能なはずだ。
これは先述の5カ年計画で提起され、今年10月に開催された共産党大会で習氏が改めて言及したポイントでもある。ルール作りが進めば、歳入と歳出の不均衡は軽減されるだろう。
ここで問題となるのは、このような取り決めを行うのに十分な信頼関係が中央政府と地方政府の間にないことだ。
しかも両者は融資平台の一件でそれぞれ異なる教訓を得てしまった。
中央政府は、地方政府に独自の税収源を与えず抑えつけるべきだと考えるようになり、地方政府は現在わずかに与えられている財政上の「自治権」を守るためには、さらに入り組んだ計画が必要だと思うようになった。
習氏は地方政府の役人が自分の政策を妨害していると不満を表しており、改革を断行するために更なる権限が必要と考えている。
今回の共産党大会は同氏にその権限を与えた。習氏は中国政治体制の改革を進めていくのか、それとも党執行部を自らの側近で固めて満足してしまうのか。地方債務問題は、その答えを引き出す試金石となる。
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英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
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